もう離したくはない

 すぐさま壁のタッチパネルを操作する。


「ここは間に合った」


 呟くように言い、サイズは指を離した。再び端末を出して、画面に話しかけるように言葉を続けた。


「大丈夫だ。アキさんもインヘルノもいる。ああ、ここにいた。まさかと思った矢先だ」


 エレベーターへの廊下を半分ほど進んだところで、後ろになった出入り口から大きな音がした。

 そこを蹴破らんばかりの音だ。振り返って見ると、壁が少し変形していた。


「まさか、あのメイド?」

「ですね。開けられないようにはしましたが、力づくで破られるかもしれません」

「てかさ、なにが起きてんの」

「基地のマザーコンピュータは、ここで動いている機械のすべてのシステム管理を行っています。それはロボットも例外ではありません。しかし、そのロボットではない、マザーコンピュータの管理外なものが紛れていました」


 それはサイズの命を狙ってのことかと訊いたら、首を横に振っていた。「わからない」という意味なのか、「違う」という意味なのか、俺にはどうとも取れない。突っ込んで訊く間も持たせないほど、サイズの話は矢継ぎ早に続く。


「あのメイドを紛れ込ませた人間はマザーコンピュータへもすでに侵入しています。そっちの目的はおそらく、基地の運営プログラムの改竄だと思われます」

「カイザン?」

「それについての説明はいまは省きます。とにかく、これからブラックアウトが起こります。いわゆる停電です。一旦電源を落とし、侵入者の足を止めます。そのあと、最も介入を許してはいけない箇所を集中的に守るため、基地の運営に支障の少ないシステムから、順にコンピュータからドロップアウトさせていきます。最悪、改竄が深部にまで及ぶと、マザーコンピュータが自らシステムダウンをとって、大元の電源が落ちます。そうなると、基地のすべての機能がストップします」

「……したらどうなんの」

「航行管制に乱れが生じ、その影響は世界全域に及びます。それこそ、あの事故のようなパニックが起こることは想像に難くありません」


 エレベーターの前に着いた。

 足を止め、タッチパネルを見ていたサイズが低い声で言う。


「間もなく停電します」


 言い終えるタイミングで辺りは真っ暗になった。

 絶えず、後ろでは大きな音がしている。

 俺はサイズの腕にしがみついた。


「すぐに灯りも点きます。エレベーターシステムはドロップアウトの対象なので、直ちに回復は見込めません。なので、一時的ではありますが、こっちから起動を試みます」


 ぱっと灯りが点いた。

 携帯用の端末がサイズを呼ぶ。ジェノバユノスだ。

 サイズは早口で応答しながらあのデバイスを懐から出した。


「コンピュータはウイルス対抗プログラムに切り替わった。……そっちはどうなってる?」


 タッチパネルに差し込み、操作し始める。


「……ああ。たぶんゲートもしばらく開かない。管制とロボットコントロールのほうが優先だ。アキさんを降ろしたら、502ブロックのゲートにもアプローチしてみる。成功したら、離陸審査が通り次第、出発してほしい。越圏と着陸の申請はこっちで出す」


 タッチパネルに端末を当てるとしばらく待つ。

 また電子音がした。サイズは今度、端末のほうを操作している。

 その間も、脳天から腹にまで響く激しい音が、後ろで続いている。また一段と、壁が変形した。

 インヘルノは俺たちから離れたところで、その様子を窺っている。

 サイズは、タッチパネルの画面に再び端末をかざした。そこに映し出される文字の羅列が、フラッシュを連続で流しているみたいになる。やがて作業の終了を知らせるかのようにエレベーターが開いた。


「インヘルノ、アキさんを頼む」


 駆けてきたインヘルノがまずエレベーターへ乗り込み、サイズに背を押される形で俺も入った。


「サイズはどうすんの」

「僕は、あれの始末があるので」

「え? でもさ……」

「大丈夫ですよ」


 サイズは自分の背後にちらりと目をやってから、俺の肩を撫でた。


「あとから行きますのでダーグーニーで待っていてください」


 ……俺は頷いた。頷くしかなかった。

 ドアが閉まる。エレベーターが下へと向かうあいだ、サイズから預かったペンダントを俺はずっと握っていた。




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