アリバイは俺

「……」

「カナツ・ロイが消えてしまったとき、あなたが通われていた学校は課外学習を行っていました。生徒はみな、それぞれの星へ出かけていたんです。結果、あなたを含め、たくさんの子供たちが家族や親戚、生まれ故郷を失うことになりました。その後、ニハソという星に、この事故で孤児となってしまった子供たちが暮らす施設ができました」

「……ニハソ」

「事故の報せを受けた僕は、あなたに会うべく、すぐに日程の調整を行いました。しかし、当初のあの区域は相当な混乱状態で、会うことは叶いませんでした。それから少しして、ニハソへ発つ前のあなたに会いに仮施設を訪ねたのですが、あなたはなぜか行方知れずになっていました」


 とうとう俺は相槌すら打てなくなり、サイズの顔を見るだけになった。


「ダーグーニーの暦に換算すると、この事故は二年前の出来事です。当初から行方知れずだったなら、最低でも二年間は空白の時間があったことになります」

「空白──」


 俺は膝に置いていた手を握った。


「あなたは学校の制服を着ていました」

「制服?」

「それに着替える前のものです」


 襟のある白いシャツに、グレンチェックのズボン。シャツの胸ポケットには、なにかのエンブレムが刺繍されてあった。

 俺は、その左胸の辺りを掴んだ。


「僕は一つの仮説を立てました」

「うん」

「もしかしたら、あなたはカナツ・ロイへ帰ろうとして、別行動をとっていたんじゃないかと」

「え?」

「周囲の人間に聞き取りをしても、そういう事実があったという証拠は得られなかったのですが、僕とジェノバユノスの知恵を集めても、あなたの足取りが全く掴めない。ならば、事故が起こったときにカナツ・ロイのそばにいたんじゃないかと考えたわけです。周りに内緒で、カナツ・ロイ行きの船に乗ったんじゃないかと」

「……」

「星が爆発するときには、かなりのエネルギーが放出され、宇宙空間にさまざまな影響を及ぼします。それは思わぬ歪みとなり、時間をも狂わせると言われています。現に、何隻もの船が行方知れずになっていますし、その一隻にあなたが乗っていて、その歪みに巻き込まれたとも考えられます」

「それじゃあ、二年という時間を、俺は飛び越えてきたってこと?」

「究極の仮説です。もちろん、僕たちは万能ではないので、だれかに拐かされた可能性もあります」


 サイズが俺の肩に手を置いた。このショックを和らげてくれるように肩口を優しく撫でる。

 俺はきっと、こうして一つ一つ、失くした記憶のピースを掻き集めていかなきゃならないんだ。それがたとえ、型にはまらないものだったとしても。

 込み上げてくるものを、俺はぐっと呑み込んだ。


「そういえば、俺があそこにいること、どうしてジェノバユノスはわかったんだろ」

「突如として舞い込んできた情報でした。僕の捜している人物に似た男の子を、基地のほうで保護していると。基地でも、数日前に突然現れたといって首を傾げるばかりでした。しかもぜんぜん目を覚まさない。僕はこの時点で、アキさんの脳は、混沌からの遮断状態にあると思いました。少し手荒ではありますが、一刻も早く覚醒状態に戻したく、僕の機械を使って目を覚まさせることにしました」


 俺は目をつむって、脳の奥深くまで再び意識をやった。

 ……でも、まだダメらしい。

 もやすらかかってない。始めからそこは空虚であったような感覚。

 そのうち頭がくらくらしてきて、俺はぱっと目を開けた。浅い呼吸を繰り返す。


「アキさん、大丈夫ですか」


 サイズが慌てた様子で俺の背中をさする。

 大丈夫、大丈夫と、俺は自分に言い聞かせるようにも言った。

 サイズが立ち上がる。その拍子に、腰にあるきらびやかな装飾品がじゃらじゃらいった。

 サイズはおもむろに首の後ろへ手をやって、ペンダントを外した。腰を屈め、それを俺の首につける。


「待って、サイズ。どうして」

「これは、モデュウムバリにある鉱山で採れる石を結晶化させたものです。その青い色は、この世界の言葉で『アース』と名づけられています」

「アース……」

「神話にある、世界の始まりとされる惑星の色にちなんでつけられたようです」

「始まりの星……。俺、よくわかんないけど、このアース色大好きだ」

「だと思って、あなたにこれをお守り代わりに預けます。そして、モデュウムバリへ着いたら、一緒にその鉱山へ行って、これと同じく結晶にしましょう」


 ペンダントから目を離し、俺はサイズを見上げた。

 サイズは、にっこり笑っている。

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