いつかのプラネタリウム

 ジェノバユノスが見繕ってくれた服は、襟のある白いシャツにグレーのベストと、ひざ下丈の青いシンプルチェックのズボンだ。ブーツはつま先が丸く、筒が長めのやつ。

 このチョイス、なにげに俺も気に入っている。


「ぴったりでよかった」


 サイズはそう言ったあと、雰囲気を変えるように目つきを鋭くさせた。絨毯に手を伸ばし、デバイスと剣を取る。デバイスはシャツの胸ポケットに、ベルトから下がっている金具に剣をつないだ。

 俺の口から、意図せずあくびが出た。

 和やかムードは終わったんだとすぐに気づいて、慌てて口を閉じた。

 なにはともあれ、ここは、ごく限られた人間しか入ることのできない、立派なところなのだから。


「ベッドへ行きますか」

「うーん。でも、このインペリアルフロアってやつ、ちょっと見て回りたい」


 わかりましたと言って手を伸ばし、サイズは俺を促す。

 まずはこの部屋と隣接している食堂を見せてもらった。

 食堂にドアはなく、奥の給仕室まで覗けた。

 ここも木目の見える部屋で、とても広い。大きなテーブルは濃茶色の木で作られてあって、それとお揃いの椅子が結構な間隔を置いて十脚並んでいる。

 俺はサイズを入り口に残し、一人で給仕室を窺ってみた。ぐるりと見渡す。戻りがけに目をやった隅っこになんと人がいた。


「うわ!」


 大きな声が出た。振り返ると、何事だという顔をしてサイズが歩いてくるのが見えた。

 もう一度給仕室へ顔を向ければ、そこにいるのは女の人で、メイドっぽい格好をしていることにも気づいた。真っ直ぐ前を向いてぴくりとも動かないけれど、まばたきだけはしている。


「どうしました?」

「あ、あれ……」


 と、俺はメイドを指さした。


「ああ。この部屋の給仕係ですよ」

「うん。それはなんとなくわかるんだけど、動く気配はぜんぜんないのにまぶただけが……。めちゃめちゃ怖いっしょ」

「そうですか?」


 至って普通だと言うように返してから、サイズは指をぱちんと鳴らした。

 すると、あのメイドがこっちを向き、ゆっくりと歩み寄ってきた。適当な位置で立ち止まり、腰を折ってそのまま、次の命令があるまで待っている。

 長い黒髪が肩からはらはらと滑り落ちる。下からメイドの顔を覗き込むと、またまばたきだけはしていた。


「だから怖ぇって。サイズ」

「そうですか」


 サイズがなにか言うと、メイドは一礼してから最初の位置へと戻った。

 俺は胸を押さえながら、木製のテーブルの脇を抜ける。

 食堂と通路を挟んでとなりの応接室は、まるで博物館みたいだった。通路のものとはまた違う甲冑があるし、いろんな形状の剣や刀も飾られてある。テーブルはいびつともいえる形をしていて、ソファーは足や背もたれまでもがなにかを象っていた。

 応接室の奥には会議室のようなところがあった。大きな楕円形のテーブルがでんとあって、そこに何台ものパソコンが置かれてある。

 大きな浴槽のお風呂は、ガラス窓が天井まで張られてあって、まさしく天然の──。

 ええと、なんだっけ。ああやって満天の星が眺められるやつ。

 その言葉を思い出そうとしていたら、最後は寝室ですと、サイズに背を押された。

 これまた広いベッドのある寝室はドーム型の部屋だった。ゆうに五人は寝れるだろうまっさらなシーツへダイブして、俺は手足をばたばたさせる。

 インヘルノもベッドへ上がってきて、端っこでビロードの足を畳んだ。


「ジェノバユノスの言った通りふかふかだ」


 仰向けに体勢を変え、俺は自分のとなりをぽんぽん叩いた。


「サイズも一緒に寝る?」

「いえ」

「こんな広いと、一人って逆にさみしいかも」


 寝転んだまま目を合わせると、サイズはただ微笑んでいた。


「改めてありがとう。サイズ」


 少し間を置いてから、どうしたのかと訊くようにサイズは小首を傾げた。

 俺は上半身を起こす。


「さっきジェノバユノスと食事をしながら、この世界のことやモデュウムバリのこと、サイズの話も聞いた。サイズ、俺を捜してほしいって、ジェノバユノスにたくさんお金を払ってお願いしたんだろ」

「……」

「だから、そこまでしてくれてほんとにありがとう。なんのお礼もできないけど、俺にできることならなんでもするから」


 サイズは首を横に振って、ベッドに腰かけた。


「あなたのお父さんにはとてもお世話になりました。なので、当たり前のことをしたまでなんです」

「お父さん……」

「権威のある天文学者でした。僕も星を研究する身としてとても尊敬してましたし、勉強もさせてもらってました」

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