思い出してほしい
その窓の前、フロアの半分ほどは、入り口のところより三段くらい低くなっていて、革の長ソファーが二つと、一人がけのソファーが三つ、マーブル模様のテーブルがあった。
弧を描くようなその段差を飛び越え、俺はソファーセットのところへ行った。
でも、サイズはいない。代わりに、テーブルになにかが置いてあった。
木の箱にきれいに収められているイヤリングだった。
箱の大きさが、そのイヤリングに添ってない気がするけど、贈り物の匂いは明らかにする。サイズのペンダントと同じ色の石がついている。
本当にきれいな青で、羨ましいくらいだ。
そういえば、サイズはダーグーニーで女の人と会う。これはもしかしたらその人に贈るものなのかもしれない。
ダーグーニーのお姫さまなのだろうか。
聞いた名前を思い出そうとしていたら、インヘルノが俺の腰を前足で叩いた。
なにかと思って目をやると、段差を越えた端っこに人が倒れていた。インヘルノがゆっくりとその人のところへ行く。
手にしていた箱をテーブルに戻し、俺は段差を上った。
「なんでこんなところで──」
サイズが眠っている。
派手な鞘の剣を近くに置き、倒れたように寝転がっている。寝ている。
しゃがんで様子を見ると、寝息が聞こえてきたから、やっぱり眠っているようだった。
それにしても、どんないきさつがあって、こんな端っこの、しかも床の上で寝ているんだろう。
……起こしたほうがいいのかな。
でも、場所はともかく、熟睡しているみたいだからこのままにしておこうか。
伸ばしかけた手をそう引っ込めたとき、サイズが寝返りを打った。
思わず俺は仰け反ってしまう。
あのペンダントが、寝返りの拍子に服の中から出てきた。涙型の青いトップをまじまじ見れば、さらに小さい透明な石が埋め込まれてあるのに気づいた。
表は、六つの石が不規則な位置で集まっている。裏は、七つの石がなにかを形作るように並んでいる。
もうちょっとよく見てみようとそれを取ろうとしたら、眼下の上体がいきなり起き上がった。俺に背を向けたままサイズは片膝を立て、髪を撫でる。
その背中がぱっと振り返った。俺と視線を合わせるや、サイズは眉間にしわを寄せた。なぜここにいるんだと不審そうに見る。
俺は腰を上げ、まくし立てた。
「あの、ごめん。勝手に入ってきて。なんか、サイズが呼んでるってビショップが言ってたから来てみたんだけど、そりゃあ迷惑だよな」
ビショップから預かってきたデバイスを絨毯へ置いて、俺は身を翻した。出入り口に向かおうとしたけど、手を掴まれて先へは進めなかった。
振り返ると、サイズはもう立ち上がっていて、俺をそっと放した。
「すみません。思いのほか深く眠っていたようで、どうしてアキさんがここにいるのか、とっさの判断がつきませんでした」
「……ううん。こっちこそ。起こしちゃったみたいだし」
「いえ。来てくれてありがとうございます」
サイズはにこやかに言ったあと、表情をわずかに曇らせた。
「……」
サイズはああやって、俺を見つめては、ときおり暗い顔をする。
それは、この境遇に同情しているというより、自分のどこかにも傷があって、そのたびに痛むけれど、なかなか手が届かない感じにも見える。
もどかしそうで、切なそうな。見ているこっちまでつらくなる顔だ。
……一体、俺の失った記憶になにがあるのだろう。
知りたい気持ちはもちろんある。でも、話すサイズのほうがキツいのかもしれないと思うと、安易には訊けない。
サイズが深々と息をついた。俺の心配を読んだかのように、気持ちを改める感じだ。
「……もしかして怖い夢でも見た?」
「はい?」
「大丈夫だよ」
サイズがあんな顔をしたのは、きっと変な夢を見たせいだ。
俺はそう思うことにして、景気づけに大きな背中をポンポン叩いた。
少し間を置いて、サイズは微笑う。
「すみません」
「え、いいよ」
「いえ、そうじゃなくて──」
その表情が、また強張る。
「僕は、自分の環境をアキさんに言えませんでした」
俺はてっきり、わざと言わなかったのかと思っていた。
「敬遠されたくなかったんです」
「いまさら敬遠なんてしないよ」
サイズの背中をもう一度叩いた。今度はちょっと強めに。
すると、目元に笑みが刻まていく。サイズは俺の後頭部へ手を回すと、いきなり顔を近づけてきた。くんくんと鼻を動かす。
「いい香りがします」
「なんだ、びっくりした。あ、お風呂入ったから。そういえば、サイズの船にあった服、借りたよ」
俺の挙動に眉を動かしながらも、サイズは少し離れて、目を上下させた。
「とても似合っています」
顎に手をやり、なるほどと頷いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます