金色世界



「アキ、起きて」


 その呼びかけをきっかけに夢から覚めようとしていた途中、今度は優しい囁きが聞こえた。

 ──早く起きなさい。遅刻するわよ。

 柔らかくて心地のいい声だ。懐かしくもあり、ついさっきまで聞いていた気もする。


「起きて」


 あやふやだったものが鮮明になり、俺はがばっと身を起こした。

 真っ暗な部屋に淡い灯りが点く。


「ビショップ? ビショップだろ。いまなにか言った?」

「ええ」

「なに、なんだよ」


 俺は半開きな目をこすり、足をずらしてベッドに腰かけた。

 天井へ向けて声を飛ばす。


「いま何時。結構な夜中?」

「それほど深い時間でもないわ」

「てか、どうしたんだよ」

「アキにお願いがあるの」

「……なに?」

「殿下のところへ行ってほしいの」


 まばたきを繰り返して、俺はもう一度上を見た。


「俺なんか行ったって邪魔なだけだよ」

「あなたを呼んでほしいと、殿下がおっしゃっているのよ」

「サイズが──」


 俺を呼んでいる。

 それがわかると俄然目が冴えた。

 なんだろう。なんの用だろう。

 急にそわそわしてきた。


「でも、一人じゃ行けねえし」

「大丈夫。インヘルノがついて行くわ」

「ドアは? ドアを開けるには、あの端末ってやつがないとだめだろ?」

「それも大丈夫。操縦室へ来て」


 俺は部屋を出た。

 灯りは持たず、いまは煌々と明るい操縦室へ入ってすぐに天井を見た。


「パネルの右下を見てて」


 ゆっくりと前へ進んで、タッチパネルの右下部分に目をやった。すると、小さな口が開いて、平べったい突起物がせり上がってきた。つまむ場所なのか、先端がさらにのされてある。


「右に回して引いて」

「うん」


 言われた通りにすると、その突起物が取れた。親指くらいの長さのもので、ツマミの部分は、ちょっとザラザラした青いカバーで覆われてある。反対側はシルバーの金属が剥き出しで、先から覗くと、丸い空洞が二つあった。

 俺はまた見上げた。


「これは?」

「宇宙船を起動するのに必要なデバイスよ。ここへ着いたとき、この宇宙船のシステムやユーザー情報も基地のマザーコンピュータに登録されるから、その装置でもドアの開閉が可能なの。殿下のおられる部屋まで、エレベーターも動いてくれるわ。だけど、なくさないように気をつけて。殿下にお会いしたら必ず渡して」


 俺は頷いた。

 とんでもないものを手にしてしまった気もするけど、ちょっとワクワクもしている。


「ドアやエレベータをコントロールしているタッチパネルの下に差し込み口があるから」


 ビショップはそう言い置いたあと、俺のどんな呼びかけにも応えず、音も発しなかった。

 行ってみようと、独り言のように呟いて、俺は船の出入り口へ向かった。

 開いたままのスロープにインヘルノが座っている。俺が近づくと、腰を上げ、先を歩いて行った。


「……」


 一枚のドアへ、俺は振り返った。

 成り行きによっては、もう会えないかもしれない。

 ジェノバユノスの青い瞳を思い浮かべながら、スロープを降りる。

 船の周りで作業をしていたロボットたちもいない。インヘルノの足音さえ響きそうなくらい静かだった。

 薄明かりの中、前を行くインヘルノに追いつき、握りしめていたデバイスを使ってまずは通路へのドアを開けた。

 インヘルノがまた駆けて奥で止まる。この先がエレベーターなのは、さっきも乗ったからわかる。

 エレベーター内のタッチパネルにデバイスを差し込むと、ビショップの言った通り、どこかへ向かって自動で動き出した。上だけじゃなく、横にも進んでいる感じがする。

 エレベーターが着いた。

 ドアが開いて最初に目に飛び込んできた光景に、俺の口からはなにも出なかった。

 金だ。金。きんきらきん。

 壁には、金箔を貼って描かれたと思われるなにかの模様。床は、やっぱり金の糸で模様を描いた、赤い絨毯が敷き詰められてある。

 天井には木目が見える。それまで目にしたのは、どこもかしこも金属っぽいものだったのに、ここは、木だとはっきりわかる内装だった。

 目でも温もりを感じた。

 絶対に高価だろう絵画もかけられてあるし、甲冑もある。点々と置かれてある生け花は、厳かで華やかだ。

 キョロキョロしながら歩いていたら、突き当たりにぶつかった。

 インヘルノは横にいて、前足で顔を撫でている。その上にパネルがあった。デバイスを差し込み、俺はドアを開けた。


「わあ」


 と、今度は声が出た。

 広いフロアは、さっき歩いてきた通路と同じく絨毯が敷き詰められ、金箔模様の壁もあった。

 奥は、天井から床までの一枚窓で、すぐそこに星空がある。

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