模倣星

「俺ってもしかして、カナツ・ロイの偉い人の子どもなのかな。皇子さまと知り合いなわけだし、あんなによくしてくれるっていうのは、かなり親しかったってことだろ?」

「……カナツ、ロイ」


 まるで噛みしめるかのように、その名を、ジェノバユノスは復唱した。


「俺の生まれた星……らしいんだけど、ジェノバユノスは知らなかったりすんの? なんだか、この世界って広そうだから」

「もちろん知っている」

「……だよな。サイズのお母さんもカナツ・ロイの人らしいし」


 ジェノバユノスが急に黙り込んだ。なにか思案しているような間だ。

 カナツ・ロイはそんなにワケありの星だったのだろうか。それゆえに、なくなっちゃったのかもしれないけど。

 なにかまだ言うと思って、俺は待っていたのに、ジェノバユノスは無言で歩き出した。離れそうになるシャツを、思わず掴む。


「あのさ」

「ん?」

「カナツ・ロイって……どんなところ? モデュウムバリみたいにきれいな星?」


 すぐに答えは返ってこない。


「ジェノバユノス?」

「……ああ、美しかったよ。少しの狂いもない、完ぺきな人工惑星。最高峰のできだった」

「人工?」

「なんだ。知らないのか」

「うん……。ていうか、星まで作れるんだ、この世界って。俺が変なのかもしれないけど、それって尋常じゃないよな。ムシのこともそうだけど、俺の頭にある常識を超えてる気がする」


 ジェノバユノスを見上げると、あの青い瞳とぶつかった。

 ふと、気づく。その青みは、サイズの首元で光っているガラス玉と近い。


「慣れればどうってことないさ。お前のそれが、記憶がないって状態なんだろうから。ゆっくり理解していけばいい」

「……」


 コクリと、俺は首を動かした。

 その語調は、さらっとしたものだったけど、つかえの一つは吹き飛ばしてくれた気がする。


「それにしてもさ、ジェノバユノス。なんで、カナツ・ロイはなくなっちゃったんだろう? 人工だとしても、星一つがなくなるって、やっぱり相当なことなんじゃないかな」

「いいのか?」

「……うん?」

「俺は、サイズのように優しくない。お前にとって耳を塞ぎたくなるような残酷なことも、平気で口にする。それでもよければ、そのなくなったいきさつを話す」


 ……耳を塞ぎたくなるような残酷なこと。

 それを想像する力は、いまの俺にはない。惑星が消える理由だって、一人じゃ考えつかない。

 だから、知るというのが恐ろしくもあった。


「ごめん」


 しばらく考えてから、俺は首を横に振った。


「構わん」

「だけど、そのうちには知りたい。いや、知らなきゃいけないんだと思う」

「……」

「ただやっぱり……怖い。ほんとは、この世界のことを考えるだけで、少し怖い。でも、ああやって助けてくれたサイズやジェノバユノスがいる。俺は一人じゃない。そのことだけで、いまは充分なんだ」


 なにか言おうとして、ジェノバユノスはやっぱり、それ以上は発さなかった。タッチパネルを操作し、ビショップが収納されているという部屋の入り口を開けた。

 目の前に、ジェノバユノスの船が着いたところよりはるかに広い空間が現れる。

 サイズのは大きいし、それなりの場所が必要だろうとは思っていた。しかし、その予想よりも広い。天井も高い。

 その天井から、何本ものアームが伸びていて、船のいろんな箇所をいじっていた。ときおり火花が散る。

 作業員らしいロボットも行き交っている。

 船の出入り口は開きっぱなしで、いまは長いスロープとなっているドアの横に、インヘルノが置物みたいにしゃんと座って待っていた。




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