トライアングルの兆し

 俺は、完全に手持ち無沙汰になって、しゃがんで床を突いてみたり、天井を仰いでビショップのことを思い出してみたり、サイズから少し離れたところで、同じように壁にもたれてみたりした。

 なのに、ぜんぜん見向きもされない。

 すると、なにげに目をやった壁にわずかな突起があるのを見つけた。俺は、迷うことなくそれを取って、引っ張ってみる。

 壁から台が出てきた。そして、それと連動するように、今度は床から四角いスツールが生えた。


「っぶねー」


 台はいいとして、スツールが出てくるところに立っていたら、完璧ノックアウトだ。

 間一髪だったことにどきどきしながらも、俺は腰かけた。便利なのか不便なのかわからないけど、立ちっぱなしよりはマシだ。

 どきどきが収まり、スツールにも落ち着いたころ、サイズが俺のところへ来た。


「アキさん。無事に、ビショップは脱出できたようです。インヘルノたちも回収したと言っています」


 テーブルに突っ伏し、俺は息を吐いた。

 無事ならよかった……。

 しかし、サイズはそれだけ言うと、この状況にはちらとも触れず、操縦室へ引っ込んでしまった。

 それと入れ替わるようにして、ジェノバユノスが出てくる。


「なんだ、サイズが出してくれたのか?」


 俺は、首を横に振った。嬉々として。


「ううん。ごめん。なんか飛び出てたから引っ張ったらこうなった。ていうかさ、この椅子。いきなり下から出てくるから、もうちょっとでケツに刺さりそうだった」


 ジェノバユノスが小さく噴き出す。


「それは難儀をかけたな。まあ、あまり不用意に手は出すな」


 と言いながら台に腕をかけ、俺と目線を合わせるようにしゃがんだ。


「とりあえず元気そうでよかった」

「あっ。あのときはありがとう。……あのあと、大変だったんじゃねえの?」


 ジェノバユノスは、考えるような間を少し作ってから、いいやと首を動かした。


「礼には及ばない。それより、自分の置かれている状況を、お前はどのくらい把握できているんだ? サイズはちゃんと話してくれたか?」


 俺は、「うーん」と唸って、背中を伸ばした。


「……住んでた星がなくて、家族もいなくて、そのショックで記憶をなくして……。そんな俺をサイズは捜してくれて、あそこで見つけた……って感じ」

「……は」


 ジェノバユノスは、片手を台に残したまま首を垂れ、頭を抱えた。

 俺は慌ててつけ加える。


「サイズは話してくれようとしたんだ。でも、俺が断った。いまは聞かなくてもいいって。モデュウムバリに行って、落ち着ついてからにしてって」

「もしかして、あいつ自身のこともなにも聞いてないのか?」


 ジェノバユノスの青い瞳が、真っ直ぐに俺を映す。

 吸い込まれそうなほど、澄んだ色だ。

 あんなにきれいな色の目を、俺はたぶん、見たことはない。

 眼下の青い焦点が、どこかを捉える。それで我に返った。

 振り向いて見ると、操縦室からサイズが出てきていた。なにも言わず、ただじっと俺たちを見ている。


「なんだ?」


 ジェノバユノスが不審そうに低い声で訊いた。

 しかし、サイズは押し黙ったまま、また操縦室へ入る。

 仕方なく視線を戻せば、ジェノバユノスはしかめっ面で首を傾げ、床に腰を下ろした。あいつも疲れてるんだろうと呟くように言って、サイズの端末に似たやつを懐から出した。




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