星喰らうムシ

「俺はシカトかよ」

「すみません。見た目はビショップですけど、中は違うんです」

「うん?」

「僕たちは船を出ますが、ビショップはここに残って修復作業を続けます」


 サイズは説明しながら、さっきビショップから渡されたものを俺の前に出した。

 ブーツだった。茶色の。


「これに履き替えてください」


 素直に受け取ったけれど、明らかに大きい。


「サイズのなんじゃねえの? 俺には合わないよ」

「大丈夫です。履いた人の足にブーツが合わせるので」


 恐る恐る履き替えてみると、なるほど、向こうがフィットしてきた。


「すげえ。しかも軽い」


 俺は、壁のおうとつに掴まりながら足を上げ、いろんな角度から、この不思議なブーツを眺めた。


「アキさん」


 サイズに呼ばれ、はたと顔を上げた。

 そういえば、急がなきゃなんだった。

 俺がまごまごしているあいだにも、ビショップとインヘルノは船の出入り口を開け、外へと歩いていた。


「ビショップは結局、どういうこと?」

「ヒューマノイドのボディは使い回しがきくんで、いまは、ビショップよりもデータの軽いプログラムを入れてます」

「……ふーん」


 さらっと捉えるぶんにはわかったと言えるけど、深く考え出すと疑問ばかりが残る。ちゃんと理解しようとするのも、なんだか面倒くさくなって、そういうものなんだと呑み込みながら、俺はスロープを下りた。

 青々とした木々が生い茂っている。この船が不時着したときの影響か、幹がぐにゃりと曲がっている木もある。

 船のほうにも、枝や幹の一部が刺さっていた。

 足下はかなりぬかるんでいる。だから、このブーツを履けと、サイズは言ったんだ。


「アキさん、大丈夫ですか?」

「このくらい平気だって」


 サイズは手を貸してくれようとしたらしいけど、俺の言葉を聞いて、すぐに引っ込めた。

 だいぶ土が固いところまで来れた。

 そこで初めて、サイズの船を振り返ってみる。でも、高い木々の向こうになっていて、その姿を完全に見ることはできなかった。





 俺の前を歩いているサイズは、携帯用の端末というのを見つつ、回りにも目を配りながら森を進んでいる。

 その前のビショップは、インヘルノと並んで走り、やっぱりキョロキョロとなにかを探している。

 どこか目的地があって、そこへと向かっているみたいだった。

 ときおり風が吹き、そのたびに大きく木がしなる。葉がざわつく。

 これだけの自然があるのに、鳥の声さえもしない。風の音と、俺たちの歩く音だけだ。


「それで、なにが起こったんだよ?」


 俺は小走りで、サイズの横へ移動した。


「この星の寿命があまりないようなんです」

「え?」

「幸いにも、不時着した辺りは静かでしたが、洪水や地震、噴火に伴う氷河地帯となっているところがあります。気象が狂っていて、人を含めた生き物の生命反応がほとんどありません。どうやら、この星の核の中枢に、星を食らう『ムシ』が寄生しているようです」

「ムシ……?」

「普段、ムシは地中深くに潜っていて、星のあらゆるエネルギーを養分として根を伸ばしていきます。活発期に入ったり、なにかしらの刺激を受けると、その根を地上に出すこともあります」


 俺は足を止め、葉の隙間から覗く、澄みきった空を仰いだ。

 あの空を見る限り、死という言葉とは無縁に思える。


「なおさら、早くここから出ないとじゃん」

「あの船はまず、船を動かすのに必要なエネルギーを作るところが壊されました。もちろん、すぐに修復にとりかかったのですが、蓄えていた動力源もほとんどなくなってしまいました。ムシは、根を地上に出すときに、根の先から放電を行います。それを船に取り込んで、エネルギーの元にしようと考えました」


 サイズの胸ポケットから電子音がした。

 また歩き始めながら、サイズは端末を操作した。

 やがて森を抜け、だだっ広い原っぱに出た。ところどころに生えている草が風の軌跡を描く。


「それって、相当危険な賭けってやつなんじゃねえの? だって、ムシとかいうやつ、星に寄生するくらいなんだからデカいんだろ。船、壊れたりするんじゃ……」

「星の状態から察すると、ムシ自体の収縮も始まっていて、ピークは過ぎたと考えられます。よって、放出する電圧は、あの船で耐えうるものだと思っています」

「ビショップは、まあ大丈夫としても、俺たちが地上にいるのは、どう考えてもまずいでしょ」

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