母なる少女

「ええ。このうたは、カナツ・ロイに古くから伝わるうたですから」

「カナツ……。俺の故郷という星じゃん」

「とりあえず、座りません?」


 サイズがとなりの席を手で示す。そこに腰を下ろし、俺は肘かけから身を乗り出した。


「そのカナツ・ロイに伝わるうたを、サイズはなんで知ってんの?」

「母がよく歌っていました。僕の母は、カナツ・ロイの生まれなんです」

「ああ、だから俺の言葉がわかるんだ」


 俺とサイズをつなげるものが一つ見つかった。なんだかめちゃくちゃうれしい。

 そんなふうに満面の笑みでいた俺には目もくれず、サイズはずっと前を見ている。闇で塗られた窓の、そのまた先を。


「……まだ夜だね」

「そうですね。しかし、もうすぐ夜明けがきます」


 首から下げているペンダントをいじりながらサイズは言った。おもむろに立ち上がり、ビショップが操作していたコンピュータに両手をつく。


「もうすぐってどのくらい?」

「カ、ビーゼ!」


 俺の言葉へ被さるようにビショップの声が飛んできた。静かだった操縦室が急にざわつき始めた。

 黒い窓が画面に変わる。見たこともない文字や図面が次々と映し出された。

 なにか大変なことが起こったのかもしれない。

 それくらいビショップが早口でしゃべっているし、語調も鋭い。あまりの速さに、俺の耳ではただの声の羅列としか判別できなくなった。それでも、サイズはきちんと聞き取っているらしく、窓に映る文字や図面に、頷きながら目をやっていた。

 ビショップの声が途切れる。

 俺は座ったまま、サイズの背中を見上げた。


「なに……なんなんだよ?」

「詳しいことはあとで話しますが──」


 いまから船を出ます。サイズは言いながら、慌ただしく操縦室を出ていった。

 俺は立ち上がり、すでに窓へと戻っているガラスの向こうを見た。サイズの言った通りだ。徐々に明るくなってきている。

 宇宙船は木々の中へダイブしたのか、大きな窓は葉っぱで覆われていた。


「ねえ、あなた」


 そのときだった。聞き覚えのある声が上から降ってきた。

 少し考えてから、俺は天井を見た。


「アキっていったわよね?」


 金色に輝く球体がある。きのう見た、船を操縦していたビショップの頭上にあったやつだ。

 いまは操縦室の天井に嵌り込んでいる。


「……ビショップ?」

「ええ」

「ほんとにビショップ?」

「なにが?」

「だって、ずいぶん小さい」

「これが本当のあたしなのよ」

「うそ。絶対、女の子のほうがいいって」


 力説したけど、それの答えは返ってこなかった。


「アキ!」


 次に聞こえたビショップの声はかなり切迫したものだった。人の発するものとは思えない、ちょっと耳障りな金属音に近い。

 俺は肩をすくめ、とっさに耳を塞いだ。


「なに? ビショップの声、ひでえし」

「アキ、デンカに伝えて。あたしのナカに、だれかが侵入しようとしてるって」

「え? なに。なんだって?」

「お願いよ──」


 片目をつむったまんま上を見れば、真ん丸いビショップはもういなかった。

 ていうか、デンカってだれだ?

 でんか。電化、伝家、デンカ?

 いろんなデンカを並べていると、サイズが操縦室に戻ってきた。


「どうしました?」

「うん……ビショップがさ。あたしのナカにだれかが入ろうとしてるって」


 俺は上を指さしながら言った。

 サイズは一段と険しい顔をして、シャツの胸ポケットからなにかを取り出した。トランプぐらいの大きさで、金属のようなプラスチックのようなものでできているなにか。その表面を、サイズは指でなぞり始めた。

 俺は、サイズの肩口から、そのカードを覗いてみた。そこにも文字が映っている。


「なに? それ」

「コンピュータです」

「コンピュータ? そんなに小さくて?」

「携帯用の端末です」

「……」

「それよりも急ぎましょう」

「え? あ、うん」


 小さいコンピュータをポケットに戻し、サイズは操縦室を出るよう俺を促した。

 顔を正面にやると、俺が寝ていた部屋から、金色の髪を揺らしながらビショップが出てきた。


「ビショップ! なんだ、そこにいたんじゃん!」


 呼び止めてみたものの、なにかおかしいことに気づく。ついさっきまで天井で真ん丸くなっていたビショップが、もう女の子の姿で俺の前に現れた。

 それに、俺を見てもなんの反応もなし。表情もない。

 眼が黒い。


「カ、ビーゼ」


 ビショップは構わず、俺の後ろへと細い腕を伸ばした。サイズになにかを渡し、船の出入口へと向かった。

 そこにはインヘルノもいる。

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