赤と黒と忠誠心と

 まるで、俺より緊張してたみたいだ。実際のところ、俺は助けてもらうばかりで、向こうのほうが大変だったのかもしれないけれど。


「ところでアキさん。お腹は空いてませんか?」

「……腹?」


 撫でてみたら、現金にも、ぐうと鳴った。

 サイズが声を立てて笑う。

 ものすごく恥ずかしい。


「食堂に行きましょう。食事を用意しています」


 サイズは立ち上がり、取り外していた剣を腰へ戻すと、天井へ向かい手を伸ばした。

 俺は背伸びをしても届かないそこで、なにかを摘まむ。なんだろうと、俺が首を傾げているうちに、サイズは腕を引いた。

 その瞬間、床から天井へ、闇がさかのぼっていく。サイズの手のひらには、ぼうっとした灯りが立っていた。


「うわあ、きれい。……ていうか、熱くねえの?」


 サイズの手の中にある灯りは、小さな炎のように見える。喋るときに出た俺の息にでさえ、揺らぐ。

 思わず、声をひそめた。


「熱くないですよ。これは、自然の炎から熱だけを取り除いた、非常時に使用する簡易照明装置です。ビショップの負担にならないように、いまは必要最低限の動力しか使ってないので、備え付けの電気は落としています」

「なんかよくわかんないけど、すげえ」

「アキさん。手を出してください」


 サイズが大きな手を傾けた。炎が滑り落ちてきて、俺の手のひらに乗る。

 熱くないと聞いても、やっぱり身構えてしまう。だけど、本当に熱くなかった。

 不思議だ。

 天井にあったときは、あんなに鮮明に部屋全体を照らしていたのに、手に乗っているそれは、自らで調整しているかのように、ほのかな明かりしか発してない。せいぜい、持っている者の周りがぼんやり明るいだけで、俺は慌てて、先に行ったサイズを追った。





 食堂の扉はすでに開いていた。

 前ばかり気にしていた俺は、入り口のところで、なにかが足に当たり、初めて下を見た。

 じろりと、二つのゴールドが向く。

 灯りを近づけると、あの豹が横たわってるのがわかった。

 よく見ると、その毛の色は、黒だけじゃなく赤もあった。耳の先には、平らな蒼い石が埋め込まれてある。


「あ、ごめんっ」


 蹴ってしまった気もして、俺は腰をかがめ、豹をさすろうと思った。しかし、噛みつかれそうになり、とっさに手を引っ込めた。


「あの、俺、アキっていうんだ。よろしく。えっと……」


 サイズの仲間なら、これからもお世話になるかもしれないと思って、一応の自己紹介をした。なぜか、この豹には、言葉が通じるんじゃないかとも思った。

 だけど、興味がなさそうに、そっぽを向かれた。ゴールドアイが閉じられる。


「アキさん。灯りを」

「うん」


 伸びてきたサイズの手へ、灯りを返した。それが、さっきの部屋と同じく天井へ移され、とたんに食堂は明るくなった。

 ここにもなにかの機械がある。そう広くもないスペースに、長方形のテーブルが一つとスツールが四つほど。火を起こしたりするキッチンはなかった。


「インヘルノ──」


 サイズが、床に寝ている豹へ、なにかを言った。

 顔を上げ、それに答えるように一声鳴いたあと、黒豹は再び瞳を閉じた。


「アキさん。彼は、インヘルノといいまして、僕の相棒でもあります。さあ、こちらへどうぞ」


 サイズが勧めてくれたスツールに腰かける。

 食べ物は、なにが出てくるのか、もしかしたらサイズが作ってくれたのか、俺はわくわくしながら、もう一度、インヘルノという黒豹を見た。


「人じゃなくても、言葉が通じる気がしたんだけど」

「インヘルノですか? 喋れますよ。但し、あなたの言葉はわからないんです」

「俺の言葉……。やっぱり俺、みんなとは違う言葉喋るんだ」


 わかってはいた。しかし、改めて言われると、疎外された感じになる。


「あなたの故郷の言葉です」

「どうしよう。勉強するべきかな」

「まあ、それはおいおい考えましょう。僕は、できれば、ずっと聞いていたいくらいですが」


 至って真面目な顔で、サイズは言った。

 なんだろう。ものすごくむず痒くなるセリフだ。

 もぞもぞしていたら、サイズが、どうかしましたかと尋ねてきた。

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