口承の金剛剣・モザイク



 ふと目を開けると、俺は闇の中にいた。なにがどうなったのかわからなくて、しばらくは目を動かすしかできなかった。

 そういえば、乗っていた宇宙船が落ちたんだ。そのわりに、体はどこも痛くない。

 上半身だけ起こしたとき、わずかばかりの灯りが見えた。


「あ」


 俺の寝ていたところが上下する。

 あの灯りが小さかったのは、だれかの影になっていたからだった。

 立ち上がった男が、俺の足元にある灯りを天井に移した。

 たちまち部屋全体が明るくなる。まるで昼間みたいだ。天井は若干低いけど、机や椅子があって、普通の部屋のように思えた。

 あの男は、じっと俺を見下ろしている。眉間にしわを寄せ、口を結んだ。いまにも泣きそうな顔だ。


「サリラ……」


 と、押し殺すような、絞り出すような低い声で、男は言った。

 さりら。

 やっぱりなにを言っているのかわからない。

 でも、たしかあのとき、「はやく」と言っていた。


「さりらってなに。わからないよ。俺のわかる言葉、喋れるんだろ? ……わけわかんなくて泣きたいのはこっちなのに、どうしてあんたが泣くんだよ」


 抑えていた感情が噴き出してきた。涙が込み上げてくる。

 けど、どうしてか、この男の前では泣きたくなかった。

 すると、男はおもむろに片膝を床へつくと、右の手の平を左胸に当て頭を下げた。

 腰にさげている剣の先が、床からわずか浮いた。

 目の前にいる男は、派手な鞘の剣を持っていた。


「僕はサイズといいます。あなたのことを、ずっと捜していました」


 男が顔を上げる。もう、さっきの泣きそうな表情は消えていた。

 強い眼で見据えてくるから、視線を外せなかった。


「サイズ?」

「はい」

「じゃあ、俺のこと知ってるのか?」


 サイズが立ち上がった。じゃらっと、剣についてる装飾品が音を立てた。

 改めてその服装に目をやる。

 襟のあるグレーのシャツは袖を肘のところまでまくっていて、下は革のような光沢のある黒い細身のズボンを穿いている。そのズボンの上に濃紺の腰巻きを斜めに着け、幅広のベルトからはシルバーのアクセサリーがさまざま垂れ下がっていた。そして、足元はつま先の尖ったブーツだ。

 そうやって上下する俺の視線には構わず、サイズは頷いた。


「ええ」

「……俺はどこに住んでるとか、いままでなにをしていたとか、どうして記憶がなくて、あんなところにいたのか──」


 サイズが目を伏せる。

 俺はそれに怯むことなく続けた。


「俺の家族は……とか」

「アキさん」


 サイズは俺に近づいて、また膝をついた。俺の肩口にそっと手を置く。


「すべてを告げなければいけないのはとても心苦しいのですが、やがては知ることになるのなら、僕の口から申し上げます」

「……」

「あなたにご家族はありません。故郷であった星もなくなってしまいました。記憶は、おそらくそのショックで失われたものと思います」


 肩の手に力が加わる。

 その強さが、俺の心をつなぎ止めてくれて、いまの言葉を冷静に理解することができた。

 俺は深呼吸した。


「どうしてだろう。なんとなくそんな感じがしてた」

「え?」

「ひとりぼっちだって。でも悲しくない。なんにもわからないから」


 目の前の男は明らかに絶句していた。

 でも、その正直な反応を見て、この人の言うことは信用しても大丈夫かなと、俺は感じていた。

 ただ、自分は死んだ気でいたことは、言わないでおいた。


「カ、ビーゼ!」


 そこへ、あの甲高い声が響いた。

 上からだった。スピーカーでもあるのだろうか。

 俺とサイズは、同時に天井を見上げた。


「シ。ビショップ」


 だれに言うでもなく、サイズは上を見たまま、声を伸ばした。

 そして立ち上がる。


「アキさんはここで休んでいてください。すぐに戻ってきます」


 俺が頷くと、サイズは初めて笑みを見せて、部屋を出ていった。

 一人になってから気がついた。

 この部屋には小さな窓がある。あとからあとから、雨粒が筋を作っていた。




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