想定内の誤算

 すくめた肩をだれかに掴まれ、あっと思う間もなく抱きしめられた。

 目を開けたと同時にいい匂いがした。香水だと、ぱっと思った。

 身をよじると、俺を抱きしめたやつがようやく離れた。

 整った顔。茶色い、厚めの髪。涙型の青いガラス玉のついたネックレス。

 目の前の人物の、目についたものを頭に並べていたら、甲高い、女の子の声が飛んできた。


「カ、ビーゼ!」


 ゴールドアイをぎらつかせた黒い毛の動物が近づいてくる。しいて言うなら豹みたいだけど、そこまで獰猛な感じはしないから、黒猫を大っきくしたような見た目だ。

 そのとなりには、金色のストレートヘアの女の子がいる。俺と同じくらいの背丈の子だ。彼女の大きな瞳も、またゴールドに輝いている。


「ビショップ」


 と、男が言った。

 どうやら女の子の名前らしく、ビショップと呼ばれた彼女は息巻きながら、もっと近づいてきた。

 男がまたなにかを言うと、女の子は黙って首を横に振り、あの黒豹とともにきびすを返した。

 俺はいろいろ訪ねたいことがあったけれど、言葉が通じなかったらどうしようとか、なにから訊けばいいのか迷ってるうちに、女の子と黒豹が消えたほうへ、男に押された。


「あ、あの……」

「しっ」


 意を決して話しかけようとしたら、男の手が口に当てられ、言葉を遮られた。

 なにかを叫ぶ数人の声が聞こえた。自分たち以外の人の声がようやくしたかと思ったら、男が俺の腕を掴んで走り出した。

 狭い通路から広い空間へと出る。

 その中央には、ものすごく大きな、まるでSF映画にでも出てきそうな宇宙船が停まっていた。

 円盤だ。底が丸く、足が何本も出ている。

 円盤のさきっちょに乗り口が見え、そこまでのスロープもあった。先に行っていた女の子と黒豹が上っていくのが見える。

 俺は、当たり前のようにスロープまで連れていかれた。上ろうとしたとき、最初に会った髭の男を思い出した。

 そこへ、大勢の足音と怒鳴り声が反響して聞こえてきた。振り返ると、俺たちを見つけた向こうが、持っていた銃を構えた。


「ハヤク!」


 宇宙船の中から、男が手振りでも叫ぶ。

 銃声が聞こえ、それとほぼ同時に、横で金属音が跳ね返った。

 狙われている、撃たれる、と思ったら、まごまごしている場合じゃなかった。

 俺は転がるように宇宙船の中へ入って、体を丸めた。

 すかさず腕を持たれ、立たされ、大きな窓のある部屋に入れられた。椅子に座るように言われて、ベルトをかけられた。

 窓の前にあの金髪の女の子がいる。

 宇宙船が浮き上がる。動き出しのときに、体が急激に後ろへ持っていかれ、ちょっと吐きそうになった。

 しばらくすると、宇宙船のスピードにも慣れ、周りを確認する余裕も出てきた。

 壁に余すことなく張りついてる計器は、単なる光なのか、なにかの信号なのか、絶えず発している。

 あの女の子は、一心不乱に機械を操作していた。楽器を奏でるみたいにして、右に左にと、手を動かしている。

 その頭上では、金色の球体が、くるくる回っている。今度は逆回転になった。細いアームを何本も伸ばして、天井にまである画面を操作していた。

 あの子がこの宇宙船を操縦しているのだろうか。

 それにしてはぜんぜん前を見ない。……いや、目の前に広がる景色はおんなじような闇だから、その必要はないのかもしれない。

 ガクンと宇宙船が揺れた。結構な落差があって、俺は声を上げ、肘掛けを掴んだ。

 窓を見れば、上のほうから、なにかがフェードインしてきて、ものすごい速さで向こうまで行った。かと思うと、すぐにUターンする。

 それは戦闘機のようにも見えた。

 三機に増え、こっちへ向かってくる。緑色の閃光をいくつか放ったあと、急に視界から消えた。

 なんなのかと、息を呑んでいると、すぐ近くで爆発音が聞こえ、いきなり室内が真っ暗になった。

 機械の音が一斉にやむ。

 墜落する──と思った瞬間には、俺の意識はなくなっていた。




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