re-

もりひろ

born

アンフェア

死して後已む



 まぶしい二つの光が迫ってきた。

 うそだ。

 それしか、俺は言えなかった。

 ぶつかると思ったと同時に、だれかが駆け寄ってくるのがわかった。そっちへ振り向いたとき、車の急ブレーキが聞こえた。

 体がふっ飛ぶ。後頭部と背中をしたたかに打ちつけた。

 どくん、どくんと、いつもより強く、心臓が脈打っている。

 意識が遠のく。

 俺は、もう終わりなんだと、頭のどこかで理解していた。

 まぶたが下がる。

 ただ、最期に、あいつに伝えたかった。


「だめ──」


 と。



 ──アキ。


 だれかの声が聞こえた。

 目を開けると、見たことのない顔があった。

 男ではある。髪が長く、髭ものび放題。

 瞳の色が青い。

 俺は身を起こした。

 ここはどこだろう。辺りを見回す。真っ白い部屋にいることだけはわかった。

 男がなにかを言った。

 しかし、俺はその言葉を理解できなかった。

 男が立つ。がっしりとした体つきに見合い、上背もある。

 なにもなかったはずの壁に出入口ができて、そこから男は出ていった。その姿が消えると、白一色へ戻る。

 すると、頭に痛みが走って、思わず声が出た。

 ──出た。

 よかったと、なぜか思えた。そういえば、自分は死んだはずだとも思った。

 でも、生きている。

 ここが夢の中でも天国でもないことは、さっきの男の存在で、わかっている。

 だから、どうしてそう思えたのかがわからないし、なにも思い出せない。

 男が戻ってきて、またなにかを言った。俺をちらっと見下ろし、顎をしゃくった。

 後ろを見ろと言わんばかりに。

 振り返る。どうせ、白い壁しかないんだろう。


「なんだよ。これ……」


 そこにあったのは、真っ白い壁じゃなかった。

 一面にいっぱいの窓。その向こうは、満天の星だった。

 吸い込まれるようにして俺は立ち上がり、窓に張りついた。

 満天というよりも、足元のほうにも星が見えるから……なんて言えばいいんだろう。この部屋が、星空の中で浮いてある感じだ。

 きれい。

 はあ、と、ため息をもらしたら、窓が曇った。着ていた服の袖で、俺は慌てて拭いた。

 ここがどこで、自分は何者で、どうしてこんなところにいるのか。しばし、その疑問は投げ、果てしなく美しい闇を眺めた。

 すると、星空の向こうでなにかが光った。二つ三つと、それは数を増し、とてつもない速さでこっちへ近づいてくる。

 俺は息を呑んだ。

 視界がスパークする。

 この光に似たものを、どこかで見た気もした。

 目がチカチカする中、俺はさっきの男に腕を掴まれ、引っ張られた。部屋から出る。

 男は、辺りを警戒しながら歩き、懐に手を突っ込んだ。

 取り出したのは銃だった。進行方向や後ろ、四方八方に銃口を向け、俺の腕は離さず、小走りでいく。

 なにが起きようとしているんだろう。あの男は、どこへ向かおうとしているんだろう。

 怖くなってきて、腕を引いたら、さらに強く掴まれた。

 広い通路に出た。不思議とすれ違う人はいない。ずいぶんと大きい建物のように感じるのに、まるで自分たちしかいないようだ。

 俺はいよいよ本気で怖くなってきた。

 男の足がようやく止まった。それと同時に、辺りが真っ暗になり、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 突如として、暗がりに、なにかの画面が現れた。その下を、男は指で押していた。

 画面がまた闇に紛れると、その近くにさらなる黒が現れた。

 見えないけど、どこかへ続く通路だというのはわかった。

 でも、とにかく暗い。

 躊躇する間もなく、俺は背を押され、そこに入れられた。


「アキ、この道はまっすぐしかないから、ただ前を行け。突き当たりまで行けば、助けがくるはずだ」


 見えなくなる寸前、男はたしかにそう言った。

 俺の理解できる言葉だった。

 手を伸ばし、探り探りで進む。

 一体なんなんだろう。なんでなにも覚えてないんだろう。

 それを考え始めると足も止まりそうで、俺は一心不乱に前だけを目指した。

 冷たくて固いものが指先に触れた。

 たぶん、ここが行き止まりだと思うけど、これからどうすればいいのかわからない。

 とりあえず手探りで壁を触っていたら、急に視界が明るくなった。あまりにまぶしくて、俺はとっさに目を閉じた。

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