第536話 そろそろ本気を出しますか

 キラの侵入に、気が付いた者はいなかったようだ。


 あるいは、空中に浮かぶ短剣をチラっと見た奴はいたかもしれないが、目の錯覚か何かだと思ったのだろう。


 そんな謎の物体よりも、目の前にいる僕に鉛玉を撃ち込むのに忙しいようだ。


 まあ、こんな旧式銃、いくら撃ったところで無駄だけどね。


 向こうも、それは分かっているようだ。


 分かっているようだが、銃撃が止む様子はない。


 と言っても、百五十人全員が銃撃をしているわけではないけど……


 実際に銃を撃っているのは、三十人ほど……


 百人ほどは、弾込め作業をしている。


 マガジンも薬莢やっきょうもない時代の銃は、こうやって使用していたのだな。


 その一方で、銃撃も弾込のやっていない二十人ほどが、瓦礫がれきの陰でコソコソと、ある作業をやっていた。


 効果のない銃撃を続けているのは、その作業に僕が気付かないようにするためだと思うが、残念な事にドローンから丸見えだ。


 僕は、腰に吊してあった手榴弾を手に取った。


 安全ピンを抜き、三つ数えてから銃手のいる方へ投げる。


 爆音と同時に土煙が上がった。


 銃手が五人ほど吹っ飛ぶ。


「散開だ! 散開しろ!」


 ダニなんたらの号令が掛かり、銃手たちは散開した。


 腐っても元軍人。なかなか、統制が取れているな。


 散り散りになった銃手に向かって、僕は手榴弾を投げ続けた。


 しかし、手榴弾一発で一人しか倒せないのは非効率的だな。


『ご主人様。AA12を積んだドローンが、上空に着きました』


 Pちゃんから連絡が入ったのは、手榴弾を投げ尽くした時の事。


『投下しますか?』

「いや。こっちから取りに行く。上空で待機させてくれ」

『かしこまりました』


 奴らが瓦礫の陰でやっていた作業も、ちょうど終わったようだ。


「イナーシャルコントロール。0G」


 重力を打ち消してジャンプした時、瓦礫の向こうから砲声がとどろく。


 さっきまで僕が立っていた地面に、大量の土煙が上がった。


 旧式な大砲にしては、なかなか正確な狙いだな。


 だが、残念。


 瓦礫の陰で砲撃の準備をしていたのは、ドローンから見ていた。


 そして、僕は砲撃のタイミングと同時に空中に飛び上がったのだ。

 

 さすがに砲弾ほどの質量を食らっては、九九式も無事では済みそうにないからね。


 さて、そろそろ本気を出しますか。


 上空で待機していたドローンから、ショットガンとマガジンを受け取ると、僕は最初に砲兵陣地に降り立つ。


「うわ! こんなところに」


 突然降りてきた僕の姿を見て驚き、右往左往している砲兵達に向かって僕は引き金を引いた。


 数瞬の間に、そこはお茶の間のテレビでは、モザイク無しには映せないような光景と化す。


 マガジンを交換して、次の砲兵陣地へと向かう。

 

 合計五つの砲兵陣地を潰し終えると、ドローンから新たなマガジンを補給して銃手を潰しに向かった。


「おい! あいつ、まさか?」


 一人の兵士が、僕を指さして叫んだ。


 どうかしたのかな?


「金色の鎧だぞ!」「空も飛んでいたぞ!」「まさかあいつ?」


 あ! 戦いに夢中になっているうちに、トレンチコートとデンガロンハットが完全に無くなった事に気が付かなかった。


 ううん。あのコートと帽子、わりと気に入っていたのだけどなあ……て、そんな場合じゃなかった。


 ダニなんたら……面倒だから、ダニでいいや。ダニも驚愕の表情を浮かべて、僕を指している。


「て……てめえ、カイト・キタムラだったのか?」


 ばれてしまっては仕方ないな。


「どうりで、強いはずだ。だが、これでおまえの本当の目的が分かったぞ」


 ダニは、近くの部下を呼びつけた。


 集音機で奴の声を拾う。


「あの、ミクとかいう小娘を連れて来い。人質にする」

「しかし、あの小娘は、無傷で手に入れろと言われたのでは?」

「分からないのか。ここであの小娘を人質にしないと、俺たち全滅だぞ」

「分かりました」


 数名の部下が走り去って行くのを確認すると、ダニは僕に呼びかけた。


「おい! カイト・キタムラ。話がある」

「遺言なら、聞いてやるぞ」

「そう言うなよ。俺も悪かったと思っている。あんたの仲間を拉致して」


 と言っているが、ダニの顔には反省の色など微塵もない。


「俺も、子供を誘拐なんかしたくなかったのだが……」

「アーテミスの町で、子供を誘拐しまくっていると聞いたが……」


 一瞬、ダニは言葉に詰まった。


「い……いや、誘拐なんかしたくないのだが、俺もそれが仕事なので……」

「じゃあ、転職しろ」

「それが、不景気で仕事がなくて」

「そんな事は、どうでもいい。それより、誰に頼まれて僕の仲間を誘拐した?」

「それが……言えないんだ」

「ならば、ここで死んでもらおう」

「待ってくれ! 本当に無理なんだ。信じられないだろうけど、俺の頭に声をかけてくる奴がいて、そいつには逆らえないんだ」


 なるほど。こいつがレムと接続されていたのか。


「その声は、いつから、聞こえるようになった?」

「三年前だ。戦争に負けて、帝都へ逃げる途中に……」

「妙な虫の群に襲われて、それ以来、頭の中で声が聞こえるようになった。そんなところか?」

「な……なぜ分かった?」

「他にもいるのでね。おまえみたいな奴が。それで、おまえはこうやって時間稼ぎをして、その間にミクをここへ連れてきて人質にしようという魂胆か?」

「い……いえ、滅相もない」

「言っておくが無駄だぞ。僕がなんのために、ここで派手に暴れ回っていたと思っている?」

「え? 小娘を取り返しにきたのでは?」

「もちろん、そうだが、僕がここで暴れ回っていたのは、廃工場の中にいるおまえ達を引きずり出すためさ」

「そ……それじゃあ……」

「空っぽになった廃工場の中に僕の仲間が入り、今頃救出している頃だろう」

「しまった!」

「さっき廃工場の中に入っていったおまえの部下達は、まもなく手ぶらで帰って来るだろうな」

「くそう」


 ダニの部下たちが、廃工場から出てきたのはその時。


「ボス。小娘を連れて来ました」

「え!?」


 え!?


 キラ、失敗したのか?

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