第535話 ダニーロビッチ・ボドリャギン

 廃工場から出てきた盗賊たちの数は、百五十人を越えた。戦力を総動員してきたようだ。


 その人数を、一々数えていたわけじゃない。上空のドローンが、熱源体の数を計測したので分かったのだ。


 それにしても、これからこの人数を皆殺しにすると思うと、気が重いな。気が重いが、やらないわけにはいかない。


 蛇型ドローンが、廃工場内部から撮ってきた映像を見てしまった以上は……


 あれを見ていなければ、僕も見張り小屋の奴らに手加減をしていたかもしれない。


 だが、廃工場の中で、こいつらのやっている所行しょぎょうは、ミクの拉致を抜きにしても許せる事ではなかった。


 先ほどの熱源体観測で、廃工場内にいると分かった人数は二百五十。


 今、外へ出てきた百五十人を引くとまだ百人残っている。その三分の一は、こいつらの留守番として、残りは拉致被害者……それも子供ばかり。


 そして、その子供たちを買いに来た客とおぼしき者たちが数名……


 もちろん、買うとは養子にしようとか言う意味ではない。


 強制労働なら、まだ許せる。


 この中で奴らがやっていたのは、身の毛もよだつ性的虐待だった。


 そんな映像を見てしまった後で、こいつらを許せるほど僕は優しくはなれない。ここにいる百五十人が、全員それに関わっていたわけではないにしても、僕の中からフツフツと沸き上がってくる怒りは、こいつら全員を皆殺しにせずにはいられなかった。


 さてと、廃工場から出てくる人の流れは止まったようだ。


 盗賊たちは、僕から一定の距離を保ったまま近づこうとはしない。


 少しは学習したか。


 程なくして、リーダーらしき男が進み出る。


 四十代ぐらいの帝国人だ。


「そこの変な野郎、俺の名はダニーロビッチ・ボドリャギン」


 また、長ったらしい名前……ん? どっかで聞いたような?


「そっちの名を、聞かせてもらおう」


 名乗ったら、ミクを救出に来たことがばれるな。


 ここは……


「外道に名乗る名など無い」

「ふん! おまえの目的は、分かっているぞ」


 なに!? こっちの目的がミク救出だと分かっているのか?


 いや、その前にこのダニなんたらとかいう男……


 僕は横にいるキラの方を振り向いた。


「こいつって、ミーチャを誘拐しようとした奴らの親玉か?」

「そうだが……知らなかったのか?」


 なんだ、盗賊団っていくつもあるのかと思っていたが、同じ盗賊団だったのか。


「キラ。さっき『来る途中』とか言っていたけど、一人でこいつらを成敗しようとして来たのか?」

「え? いや……まあ、そんなところだな」


 まあ、気持ちは分かる。こいつらのやっている事を知ったら、殴り込みの一つや二つやりたくはなるだろう。


 しかし……


「キラ一人でこの人数を相手にするのは……」

「いや、私は隙を見て、ダニーロビッチ・ボドリャギンの首だけを持ち帰ろうと……あ! いやなんでもない」

 

 なんでもないはずないだろう。キラは何を隠しているのだ?


 首だけ持ち帰って、どうするつもりだ?


「そこの変な奴。一つだけ聞こう」


 ダニなんたらの奴、何を聞きたいのだ?


「アーテミスの奴らは、俺の首にいくらの賞金をかけた?」


 え? 賞金?


 僕はキラの方を向いた。


「キラ。あいつ、賞金かかっているの?」

「そ……そうだ」

「いくら?」


 キラは少し躊躇ちゅうちょしてから答えた。


「金貨百五十枚」


 そいつはでかいな。そうか、キラ。賞金を独り占めしたくて黙っていたのだな。


「カイト殿。ここは山分けにしよう」

「別にかまわんが……」


 キラの奴、いつからこんなに強欲になったんだ?


「なんで、そんなに金が欲しい?」

「もっと、ミーチャにいろんな服を買ってやりたいんだ」


 ああ、そういうことか。しかし、相手はミーチャだからまだいいが、キラって下手すると、ホストにみつがされるタイプだな。


「おい! いつまで黙っている。俺の賞金はいくらだ?」


 おっと! ダニなんたらのことを忘れていた。


「おまえの賞金額は、金貨百五十枚だ」

「ふん。やはりおまえの目当ては賞金か」


 まあ、そう思わせておいた方がいいか。下手に理由を教えて、ミクや子供たちを人質に取られてはかなわん。


「いかにも僕は賞金稼ぎ。だが、そんな事を聞いてどうする? 金貨二百枚出すから、見逃してくれとでも言いたいのか? それなら考えてやらなくもないが」

「誰がそんな事言うか! 金貨はおろか、ビタ一文出さん。てめえにくれてやるのは鉛玉だ!」


 その直後、盗賊たちは一斉射撃を開始。


 しかし、何発撃ってきても九九式の装甲は貫けないし、キラの分身体も憑代に当たらない限りダメージはない。


 ただ、トレンチコートが次第にボロ布になっていく。


 いや、コートなんて別にしくはないのだけど、これが無くなったら正体がばれる。


 その前に……


「キラ。ここは僕が引き受けるから、今のうちに回り込んでミクのところへ行ってくれ」

「分かった」


 キラの分身体は姿を消した。


 ただし、空中には憑代の短剣が浮いている。


 短剣はそのまま猛スピードで敵陣に向かっていき、廃工場内へと入っていった。


 よし! 救出はキラに任せて、僕は奴らに悪事のツケを払わせてやる。

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