第433話 仕方ないから

 マオ川上空を《アクラ》へ向かって移動する飛行物体をレーダーがとらえた。


 フライング・トラクターを回収した矢部と古淵のロボットスーツ。二つのロボットスーツの間で発生している重力場でフライング・トラクターを浮かべているところを見ると、フライング・トラクターはもう自力では浮かぶことすらできないようだな。


 九十一式地対空誘導弾の残弾は三発。


 フライング・トラクターに照準を合わせて一発を放った。


 ミサイルは一直線に標的に向かっていく。


 だが、一キロ手前まで来た時、ミサイルの進路が下向きに変わり川面に落下していった。


 フーファイターの重力制御か。まだそれだけのエネルギーが残っていたようだ。


「北村さん。フーファイターは任意の位置に重力場を発生させられますが、それには膨大なエネルギーが必要です。打ち続ければいずれエネルギー切れに……」


 芽衣ちゃんはそういうが、こっちのミサイルも後二つ。


 ナンモ解放戦線から分けてもらった武器だが、こちらのプリンターにはデータがないので新たに作ることはできない。


 残り二つでエネルギー切れに持ち込めるか?


 待てよ……


 僕は通信機のスイッチを入れた。


「矢部さん。聞こえますか?」


 程なくして返信が来る。


『どうしました? 隊長』

「今、僕が狙っているのはフライング・トラクターです。あなたたちではない。巻き添えを食いたくなかったら矢納さんを手放して下さい」

『え?』

「あなたたちが助かるには仕方ないでしょ。このままでは全滅ですよ」


 しばしの沈黙の後、矢部が妙に嬉しそうに返信してきた。


『そうだねえ、古淵君。仕方ないからフライング・トラクターは手放そう』

『そうですね。矢部さん。仕方ないから、矢納さんとアレンスキーさんには尊い犠牲になっていただきましょう。


 仕方ないという割には、妙に嬉しそうなこの男の声は初めて聞くな。


「芽衣ちゃん。今の声が古淵という奴か?」


 芽衣ちゃんはコクっ頷いて答える。


「そうです」

 

 矢部も古淵もよっぽど矢納さんを嫌っているようだな。まあ、その気持ちは非常によく分かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る