第365話 役場が危ない

 どうやら、その五隻の小舟で乗り付けた者たち三十人は一般の商人を装っていたらしく、誰からも怪しまれることなくロータスへ上陸してしまったようだ。


 港には役人がいたが、代表者が差し出した身分証を見たほかは、ろくにチェックもしないで通してしまった。


 だが、《海龍》の甲板上でその様子を見ていたミーチャは、一行の中にエラ・アレンスキーがいる事に気がついたのだ。


 カメラ的記憶を持っているミーチャの言っている事だから間違えないだろう。


 さらに聞いてみると、六十代ぐらいの貴婦人が一行の中にいたという。


 おそらく、それがレイラ・ソコロフ。


 とにかく、このままでは役場が危ない。


 ミーチャとの通信を終えると、僕は通信機でミクを呼び出した。


『お兄ちゃん。何か、あったの?』

「ミク。すぐに町役場に向かってくれ」

『どうして? まだ、エラが見つからないよ』

「エラは川から上陸して、役場に向かっているんだ」

『ええ!? 分かった! すぐに行くね』


 続いて、役場にいるアーニャを呼び出す。


『アーニャ・マレンコフです。どうしました?』

「敵の一部が、川から上陸して役場に向かっています」


 それを聞いても、アーニャ慌てることなく冷静に質問してきた。


『敵の数は?』

「三十人ほど。その中にエラ・アレンスキーがいます。今、ミクをそっちへ行かせました」

『分かりました。防御態勢を整えます』

「ミールと代わってもらえますか」


 ミールが通信を代わった。


『カイトさん。エラがこっちへ向かっているのですか?』

「そうなんだ。今、分身を消しても大丈夫か?」

『無理です。今、分身を消したら西の橋を突破されます』

「Pちゃんのドローンと交代できないか?」

『Pちゃんは北の橋の防衛で手一杯……え? 町長さんが話を代わってほしいと……』


 町長が?


『敵がここへ向かっているそうですね?』

「そうです」

『そして、ここに攻め込まれたら、ミールさんの分身が存分に戦えなくなる。そういう事ですね?』

「そうです」

『分かりました。では、南と北の橋を爆破して落とします。戦力を西の橋に集中してください』

「え! いいのですか? 橋を落として」

『かまいません。橋はまた作れば良いだけのことです。それに、盗賊団が攻めてきたら、橋は三つとも落とすつもりでした。西の橋が残るだけでも御の字です』


 意外と思い切りの良い人だな。


 通信を切って、Pちゃんを呼び出した。


『ご主人様。如何いたしました?』

「Pちゃん。エラがそっちへ行った。ドローンのコントロールをロンロンと代わってもらってくれ。君はミールと一緒に安全なところに隠れるんだ」

『了解いたしました』

「くれぐれも、エラから半径五メートル以内に近づくな。ロボットの君が、奴の高周波磁場に触れたらひとたまりもない」


 さて、後は……


 空中に浮いているナージャの方を向いた。


「君はここで釈放する」

「いいのか?」

「ただし、大砲は絶対撃たないと約束してくれないか?」

「いいだろう」


 ナージャを地上に降ろすと、僕と芽依ちゃんは町役場に向かって飛んだ。


 通信が入ったのは運河を越えた時……


 ミクからだった。


『お兄ちゃん。町役場に着いたよ』

「様子は?」

『玄関前で二人の人が血を流して倒れている。あれ、警備員の人だよ』


 もう、中に入られてしまったか。


『中から誰か出てきた……きゃ!』

「ミク! どうした?」

『あいつ……レーザー撃ってきた』


 レーザー? なぜそんな物? いや、ナージャはリトル東京に行ってきたという。そこで供与されたのかもしれない。


 とにかく、入手ルートはこの際どうでもいい。敵がレーザーを持っているなら対策を立てないと……


「ミク。大丈夫か?」

『オボロの角を一本やられちゃった。再生に少し時間がかかるけど、あたしは無事だよ』

「レーザーはオボロの結界で防げないのか?」

『無理! 結界は可視光線通しちゃうから』

「よし。僕がいいというまで、建物の陰に隠れていろ」

『分かった』


 レイホーを呼び出した。


『おにいさん。どうしたね?』

「レイホー。役場に攻め込んだ敵がレーザーを持っている。役所周辺に攪乱幕を張れないか?」

『二分待って。二分後に攪乱幕を入れたロケット魚雷を発射するね』

「頼む」

 

 レイホーとの通信を切ったとき、爆音が轟いた。


 町の南と北で爆煙が上がっている。


 今、二つの橋を爆破したのだ。


「北村さん」


 横から芽依ちゃんの声。


「ミクちゃんから、敵の使ったレーザー銃の映像が送られてきたのですが……」


 芽衣ちゃんは、ミクから送られて来た映像を僕のバイザーに転送した。


 この銃は?


「フッ化重水素レーザーです。迂闊に攻撃すると、役所一帯がフッ化水素で汚染されます」


 厄介だな。


「芽依ちゃん。銃器は使用禁止。レーザー攪乱幕が張れたら、奴の背後に降りて銃撃できないように、狙撃手の腕を押さえてくれ。骨をへし折ってもいいから、レーザー銃を無傷で取り上げるんだ。僕は正面に回って奴を牽制するから、その間にやってくれ」

「北村さん。正面に回るのは危険です。正面には私が回りますから……」

「いや……それは……」

「北村さんが、負傷したら作戦全体に支障が出ます」


 ううん、危険な事は男のやる事なんて言ったら、また『ええかっこしい』と言われるな……

 

「分かった。おさえ役は僕がやる。芽依ちゃんはくれぐれも危険のないように」

「はい」


 レイホーからの通信が入ったのはその時。


『お兄さん。今、ロケット魚雷発射したね』

「ありがとう。レイホー」

『大盤振る舞いの四発撃ったね。役所上空で爆発したら、三十秒後に突入してね。レーザー攪乱効果は十分ぐらい続くから、それまでに片づけるね』

 

 話を聞いている間にロケット魚雷が飛んできた。


 役所上空で爆発。


 程なくして役所一帯がキラキラと輝く金属箔で覆われる。


「芽依ちゃん、行くよ」

「はい」


 僕達は、濃密な金属箔漂う空域へ飛び込んでいった。

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