第364話 伝書鳩

 僕と芽依ちゃんの間に発生している反重力フィールドの中で宙に浮いている状態の兵士に僕は言った。


「一応言っておくが、抵抗はしない方がいいぞ。抵抗すれば、君はここから地面に落ちて死ぬ」

「そんな馬鹿なことをしない」


 ずいぶん高い声だな?


「ロボットスーツを相手に戦っても、勝ち目がないことぐらい知っている」


 え?


 兵士はヘルメットを外した。


 肩の辺りで切り揃えた赤い髪がファサっと現れる。


 声が高いと思ったら、二十歳前後の女か? それもかなりの美女。


「どうだ。そんな無粋なスーツは外して、私といい事をやらないか?」


 はあ? 何言っているんだ? こんなところで……色仕掛けか?


 芽衣ちゃんがショットガンを女に向けた。


 女の顔がサッと引きつる。


 マガジンはゴム弾ではなく実弾になっていた。


「北村さん。この人、殺して良いですか?」

「だあ! ダメダメ! 武装解除した相手を殺しては」


 僕は女の方を向いた。


「君さあ、そんな見え透いた色仕掛けはやめてくれないか。ややっこしくなるから」

「わ……私では魅力がないのか?」

「そうじゃなくて!」


 いやまあ、魅力はあるが……


「普通、分かるだろ! 色仕掛けだって」

「いや、ヤベは馬鹿でスケベだから、この手に引っかかると聞いていたのだが……」


 ヤベ? 矢部の事を知っているのか?


「失礼な人ですね。北村さんを矢部さんのような下品な人と間違えるなんて」


 芽依ちゃんにショットガンを突きつけられて女は慌てた。


「ま……待て! 君達はヤベとコブチではないのか?」

「違います!」

「芽依ちゃん。落ち着いて、落ち着いて。撃っちゃ駄目だから」


 芽依ちゃんが落ち着くのを待ってから僕は女に話しかけた。


「君にはいろいろ聞かなきゃならない事がありそうだな。なぜロボットスーツと、そのパイロットの名前を知っている?」

「私は先日、リトル東京に行って来た。そこでロボットスーツの現物を見ている」


 なんだって?


「その時に聞いたのだ。ロボットスーツのパイロットが二人、帝国へ逃亡したと……君達ではないのか?」


 そうか。こいつら、昨夜のうちに帝国艦隊が逃げ出した事を知らないのだな。


「どうやら、君は根本的に誤解しているようだな。今、ロータスの町に帝国軍がいると思っているのだろう?」

「違うのか?」

「帝国軍は、昨夜のうちに逃げ出した。君達との戦いを避けて……」

「では……君らは何者?」

「僕は北村海斗。こちらは森田芽依。リトル東京の者だ」


 まあ、僕はまだリトル東京に行ったことがないけど……


「リトル東京だと?」

「僕らの他にカルカの人たちもいる」

「なぜだ!? リトル東京もカルカも反帝国勢力だろ。ロータスはずっと帝国に味方してきた」

「ロータスは別に帝国に味方していたわけじゃない。中立を守っていただけだ」

「しかし、奴らは帝国軍に物資を売って儲けていた。許せない悪党だ」


 ううん……こういう人に中立という概念を理解させるのは無理かな?


「我々は帝国に味方するロータスに、鉄槌を下しに向かっていた。なのに、なぜリトル東京がロータスの味方をする?」

「なぜって……犯罪集団が、町を襲おうとしていたら、普通守るだろう」

「犯罪集団だと!? 我々が犯罪集団だと言うのか!?」

「違うのか?」

「違う! 我々は、レムという似非神から、人々を解放するという崇高な目的で集まったのであって……」

「その志はよし。だけど、この武装集団は、君らの崇高な目的を理解して集まって来た者ばかりだと思うのか?」

「う……」

「先ほど、デポーラ・モロゾフという女と、ヴィクトル・アルダーノフという男を捕虜にして聞き出した。こいつら、町へ入ったら略奪をする気満々だったぞ」

「確かに……便乗して悪事を働こうという輩も少しはいるが……」

「少し……?」


 女は少しの間押し黙ってから訂正した。


「か……かなり、いるが……我々はけして犯罪集団ではない。それに、ロータスが、帝国に味方する悪党だというのは事実だ! そんな奴ら、少しぐらい懲らしめてやっても……」

「君は何か勘違いしていないかい?」

「勘違い? なにを……」

「ロータスというのは町の名前だ。そこに人格などない。そして、町にはいろんな人がいる。女や子供やお年寄りも……」

「う……」

「君達があの町に攻め込めば、君達に便乗したゴロツキどもが、町の女性を陵辱し、子供を奴隷にして、血に飢えた連中が見境なく人を殺しまくる。君はそうなってもいいの?」

「そ……そんな事は……そんな事はさせない」

「どうやって?」

「どやってって……」

「ゴロツキどもが暴れるのを止められるの?」

「と……止める」

「無理だね」

「なぜ、無理と決めつける!?」

「では、どうやって君達は、彼らの略奪行為を止めるつもりだ?」

「それは……」

「まさか、レイラ・ソコロフが『乱暴はおやめなさい』と言えば、奴らがやめるとでも思っているのか」

「そ……それは……」

「とにかく、僕らとしては犯罪集団を町に入れるわけにはいかない。さっきも言ったが、僕らはリトル東京の者だ。その気になれば、悪魔のハンマーで君らを殲滅することも可能だが、曲がりなりにも反帝国勢力である君達にそんな事はしたくない。だから、撤退してくれないか」

「全軍撤退命令を出す権限は私にはない」

「では、レイラ・ソコロフに会わせてくれ」

「それが、祖母がどこにいるのか分からないのだ」

「祖母?」

「ああ! 自己紹介が遅れたな。私の名はナージャ・ソコロフ。レイラ・ソコロフは私の祖母だ」

「分かった。それで、ナージャ。君のお婆さんはどこにいる?」

「だから、分からない」

「分からないはずないだろう。大砲が進撃の合図だと言うことは知っている。君達が大砲を撃ったという事は、指令を受け取っているはずだ」

「確かに指令は受けた。しかし、指令はあれで送られてきたので……」


 ナージャは下を指さした。


 彼女の指差す先にあったのは鳥籠。その中に一羽の鳥が……


「あ!」


 急に芽衣ちゃんが何かを思い出したかのように叫ぶ。


「北村さん。さっき私達とすれ違った白い鳥、足に通信筒のような物があるのを見ました」


 という事は伝書鳩で司令が送られてきたのか。これでは、居場所は特定できない。


 しかし、レイラ・ソコロフはなぜそこまでして自分の居場所を隠す?


 そう言えば、この鳩と僕達は町の上空ですれ違った。


 ウェアラブルコンピューターの端末に地図を表示した。


「芽衣ちゃん。さっき、僕達が鳥とすれ違った場所って分かるかな?」

「この辺りです」


 芽衣ちゃんが地図の一か所を指差す。


 現在僕達がいる砲兵陣地とその場所を直線でつなぎ、その線を延長するとマオ川にぶつかった。


 そうか! 


「レイラ・ソコロフは川からロータスに乗り付ける気だ」


 僕が叫んだその時、通信機のコール音が鳴った。


 通信相手はミーチャ?


「ミーチャ。何かあったのか?」

『カイトさん。大変です。アレンスキー大尉が港に』


 なに!?


『さっき上流から小舟が五隻やってきて、三十人ほどの人が埠頭に降りてきたのですが、その中にアレンスキー大尉の姿が……』

「そいつらはどっちへ行った?」

『町役場の方へ』


 くそ! 悪い予想が当たってしまった。

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