第304話 闇の中(天竜過去編)

 どうやら、電気系統がダメになったみたいだ。エネルギーが無くなったのか、砂の流入で回線がショートしたのか分からないが、船内はすっかり闇に包まれてしまった。


ヤンさん達、どこまで行ったんだろう?」


 暗闇の中、僕は呟いた。


「助けを呼びに行ったのだと思うけど……」

「どこへ?」

「どこって《天竜》……は、もう無理だと思うし、シャトルが降りているはずだから、そこへ行ったんじゃないかしら?」


 その後、しばらく沈黙が続いた。先に沈黙に耐えかねたのは、チョウ 麗華レイホーの方……


「ちょっと、チャン君。何か喋りなさいよ」

「ええっと」

「暗闇で、ずっと沈黙していたらコワいでしょ」

「非常灯を点けようか?」

「バッテリーがもったいないでしょ。どうしても必要になるまで、使っちゃだめよ」


 しょうがないなあ……とにかく話題話題……てか、なんか言うと怒りそうだからな……それに、喋ると喉が渇くし……


「あのさ、水は後どのくらい残っているの?」

「さっきのペットボトルが最後」

「え?」

「タンクにはまだ残っているかもしれないけど、電源が切れたらポンプが動かないし、取り出しようがないわ」

「そうか」


 いけない! 水がないと思うと、余計に喉が渇いてきた。


「章君。言っておきたい事があるのだけど……」

「なあに?」

「ごめんね」

「え!?」


 な……なんで、急に謝るんだ?


「私さ、君にいろいろと酷い事言っちゃったじゃない。いつか謝っておきたいと思っていたのよね」


 意外と素直なところがあるんだな。


「いいよ。僕は別に気にしていないから……僕よりもワンに、いろいろと謝るべきじゃないの?」

「そうね。でも、デブはここにいないし、とりあえず手近なところで君に謝っておきたいの」


 手近なところって……


「私さ、考えるより先に口が出ちゃうのよね。言った後で、しまった! と思った時には手遅れで、相手を傷つけてしまって……そんなんだから、ろくに友達もできなくて……でも、魅音ミオンだけはそんな私を分かってくれていたの」


 やっぱり柳 魅音は女神だな。


「そんな魅音が、デブと仲良くしているのを見て、パニックになっちゃったのよね。このままでは、魅音をデブに取られる。なんとかしなきゃって」

「それで王を覗き魔に仕立て上げた?」

「そう。やってから、凄く後悔したけど引くに引けなくなって……もう、デブは私の事を許してくれないだろうね」

「どうかな? あいつ、わりと良い奴だから、真剣に謝れば許してくれるかも」

「本当にそう思う?」

「たぶん」

「はっきりしてよ」


 そんな事言ったって……


「あのさ、砂嵐……もう治まったんじゃないかな?」

「そうね」


 僕達は非常灯を着けてエアロックまで移動した。しかし……


「外扉が開かないわ」


 エアロックは砂に埋もれていたのだ。


「もうおしまいね。私達」


 趙 麗華はヘナヘナと床にへたり込んだ。


「まだ、諦めるのは早いよ」


 彼女は、何も言い返さなかった。


「あのさ、趙さん。僕も、今のうちに言っておきたい事があるのだけど……」

「なに……」

「砂の中から、助け出してくれてありがとう」

「別にいいのよ。苦しみが長引いただけだし……どのみち私達は助からないわ」

「そんな事無いよ。死ぬにしても、あんな狭いところで一人きりでいるよりずっとましだよ」

「そう」

「だから、感謝しているんだ。趙さんには」

「もしかして、私に惚れたの?」

「え?」

「無理もないわね。こんなの美女に助けられたら、恋の一つや二つしても無理はないわね」


 いや、それはないから……


「でも、ダメ。私には好きな人がいるから」


 知っている。


「だけどね、もし助かるような事があって、章君が誰かと結婚して娘ができたら」


 何が言いたいんだ?


「その娘に、私の名前を付けてもいいわ」

「はあ? なんで?」

「ほら。よくあるじゃない。昔好きだった人の名前を子供につけるって」

「よくある事なの?」

「よくある事よ」

「そうなの。じゃあ、ここから出られたらそうするよ」


 もし、将来、僕に娘ができたら、性格の良い子に育てたい。


 麗華という名前を付けておけば、趙 麗華の事を思い出して、こうはならないようにしようとするだろう。


 ん? 今、何か音が聞こえたような……


「絶対つけなさいよ」

「あのさ……」

「なに? 文句あるの?」

「そうじゃなくて、なんか音が聞こえない?」

「え?」


 耳を澄ますと、外扉の向こうから機械音が聞こえてくる。


 もしかして……


「そこに誰かいる?」


 外から聞こえてきたのは、間違えなく楊さんの声……


「いるわ! ここから出して!」「楊さん! 僕達はここにいます!」


 僕達は、あらん限りの声を張り上げた。


「白龍君、趙さん。今、砂をどけているからもう少し我慢して」


 僕達が外へ出られたのは、それから十分ほど後。


 その時初めて、僕は惑星の大地を踏みしめ、この惑星の知的生命体と出会う事になった。

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