第303話 不時着(天竜過去編)

 今のは、夢だったのだろうか?


 程なくして僕の感覚が戻ってきた。


 最初に覚えた感覚は、激しい喉の乾き。


 続いて蒸し暑さ。


 どういう事だ?


 《朱雀》のキャビンは、常に快適な温度と湿度が保たれているはずなのに……


 聴覚が戻ってくる。


チャン君! 章君! 返事をして」


 この声は、チョウ 麗華レイホー


 いったいどうしたのだろう?


「ああ………あううう……」


 あれ? なんだ、このしわがれ声は……喉の乾きが非道ひどくて、まともに声が出ないんだ。


 視覚が回復して、ようやく今の状態が分かった。保護カバーの上が砂に覆われているのだ。


「た……あうう……」


 助けて、と言おうとしたのに、声がまともに出ない。だが、趙 麗華には聞こえたようだ。


「中にいるのね。今、上の砂をどけるから、無理に保護カバーを開けちゃ駄目よ。砂が中に流れ込むから」


 砂が流れ込む? どういう事だ? なぜこんなところに砂が?


 ザッザッっと、箒か何かで砂を祓う音が聞こえる。


「章君。重力がかかっているのは分かるわね?」


 重力? 無重力状態じゃない事には気が付いていたけど……加速しているわけじゃないのか?


「《朱雀》は惑星に降りたみたいなのよ。だけど、私がリンクを解除したときには章君以外誰もいなかったの。どうやら、私達が意識を取り戻さないうちに、みんなは船外に出て行ったみたいなのよ」


 保護カバーの上の砂が払いのけられて、キャビン内の明かりが差し込む。


 まぶしい!


 もう一度目を開くと、保護カバーは開かれていた。


「はい。これ」


 趙 麗華の差し出したペットボトルを受け取った時、礼を言おうとしたのに上手く声が出ない。


「無理に喋らなくていいわ。水はうがいするように飲むのよ。飲んだら、この薬を舐めていなさい。飲むのじゃなくて舐めているのよ。しばらくしたら、声が出せるようになるわ」


 趙 麗華のくれた薬は飴の様に甘かった。いや、飴じゃないのか?


「あ……ありがとう……趙さん」


 ようやく、声が出せるようになった。


「それにしても、この暑さはいったい……エアコンは?」

「壊れているわ。今、自動修復中だけど……でもね、船内はまだマシよ。外はもっと暑いわ」

「外? 見てきたの?」

「外は砂漠だったのよ」

「砂漠に不時着したの?」

「そうよ。何があったのか分からないけど、宇宙機のリンクを切ってから感覚が戻るまで何時間もかかったみたいなのよ」

「なぜ?」

「知らないわよ。私が聞きたいぐらいだわ。とにかく、私が気付いた時には、魅音ミオンもアーニャもデブもいなくて、章君だけがGシートの上でリンクしたままだったのよ」

「リンクしたまま?」

「そうよ。章君も宇宙機が壊れているだろうから、すぐに戻ってくると思っていたのに……今まで何をしていたの?」


 夢じゃなかった。


 やはり、僕はレムとリンクしていたんだ。


「後で話すよ。それより、操縦室は見てきたの?」

「もちろん。でもヤンさんはいなかった。重力があるから、惑星に降りたというのは分かったわ。リンクする前に《朱雀》はバリュートを開いて惑星に降りるって言っていたしね。だから、みんな外へ出たと思って、私もエアロックから外へ出たわ。そしたら、外は砂漠だったのよ」

「空気は?」

「呼吸できた。でも、すごく暑くて。一度戻って簡易宇宙服で外へ出たのよ。《朱雀》は船体に亀裂が入っていたわ。壊れてなくても、地上に降りた以上、もう使い物にならないだろうけどね。とにかく、船体に登ってみんなの姿を探したの」

「見つかったの?」


 趙 麗華は首を横にふった。


「探すどころじゃなかった。船体の上に登ったら、目の前に砂嵐が迫っていたのよ」

「砂嵐?」

「ええ。慌てて船に戻ろうとしたけど、その前に砂嵐に追いつかれて。やっとの事で船内に入ったら、船内にも砂が入ってきていたわ。亀裂から入ってきたみたいね。亀裂の入った区画との隔壁を閉鎖してなんとか流入は止まったけど」

「それで、僕は砂に埋もれていたの?」

「そうよ。だから、私が砂に埋もれた君を掘り出してあげたの。感謝しなさい」


 高くつきそうだな……


「それより、章君こそ。今まで何をやっていたの?」

「その……」


 僕はレムの話をした。


「本当? 夢でも見たんじゃないの?」

「僕も夢かと思った。でも、僕は趙さんのすぐ後で機体とのリンクを切ったんだ。なのに、僕がリンクしていたままだったのを趙さんは確認しているんだよね」

「ええ。確かに章君はリンクしていた」

「いったい、僕は何とリンクしていたのだろう? 機体とのリンクは切ったはずなのに」

「じゃあ、本当にレムとリンクしていたとでも言うの?」

「それしか、考えられない」

「信じられない」

「でも、確認する方法がある。奴の言っている事が本当なら、《天竜》の首脳部はレムから降伏勧告があった事を隠しているはずだ」

「まさか」

「実は、前から一つ気になる事があったんだ」

「なに?」

「アーニャを回収した後で、《天竜》からこの惑星に偵察隊を出した。その偵察隊が、敵の宇宙機編隊とすれ違ったという報告を受けて戦闘準備を始めただろ」

「そうよ」

「だけど、敵の編隊と偵察隊はかなり離れた軌道を通っていた。近くをすれ違うはずはないんだよ」

「どういう事?」

「もし、レムから降伏勧告があったとしたら辻褄が合う。《天竜》が戦闘準備を始めたのは、偵察隊からの報告があったからではなく。降伏勧告を受けたからなんだ。ただ、首脳部はそれを隠していた」

「なぜ隠す必要があるのよ?」

「降伏勧告があったなんて発表したら、降伏しようなんて言いだす人がいるからじゃないかな」


 趙 麗華は暫く考え込んだ。


「あり得るわね。もちろん、私は降伏なんてまっぴらよ。そんな事をしたら、天竜のみんなもレムに取り込まれてしまうわ。でも、交渉すれば何とかなるなんて甘い事言っていた人がいたわ。あの人が騒ぎ出したら、厄介な事になっていたかも……」

「そんな厄介な人がいたの?」

「ええ。私の叔父だけど……」

「叔父さん?」

「私は大嫌いな人だけどね。一番ムカつくのは、私に嫌われている事に気が付かないで私に会うと猫なで声で話しかけてくるウザい人。私が宇宙機のオペレーターをやると知ったら、船長のところへ怒鳴り込んで、レムと和平交渉しろと言って来たのよ。船長は、レムはこちらの呼びかけに答えないと言っていたけど……あれは嘘だったのね」

「しかし、それなら趙さんがオペレーターを降りれば……」

「あの人の思い通りになるくらいなら、死んだ方がマシ!」


 そこまで嫌う……


「だから、私は船長に嘆願したの。絶対に私を降ろさないでって、降ろしたら、自殺しますって……まあ、自殺は本気じゃないけど……とにかく、叔父に騒がれるようなら、レムから連絡があったことは隠した方が良かった……きゃ!」


 突然、周囲が真っ暗になった。

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