第298話 偵察(天竜過去編)

 人工知能AIロンロンを作った事によって、生身の人間が出撃する必要はなくなったので、その後しばらくは僕達が出撃することはなかった。


 マトリョーシカ号から発進した宇宙機編隊は、僕の分身達ロンロンが操る宇宙機編隊によってあっさり殲滅できたのだ。


 さらに、宇宙機に人工知能AIを搭載した事によって二万キロの制約はなくなり、こっちからも攻撃が可能になった。


 そこで、攻撃隊を発進させて数日後、マトリョーシカ号に電磁バルスEMP攻撃を仕掛けた。


 こうして、レムの器であるマトリョーシカ号のコンピューターは破壊され、《天竜》の危機は去った。


 誰もがそう思っていた。


 だけど……





 その惑星は、地球とそっくりだった。だからこそ、太陽系外地球類似惑星というのだけど……


 重力は〇・九八G。大気組成は窒素八十%酸素二十パーセントその他二酸化炭素等々。


 海陸比は四対一と、地球より陸地が少ない。


「綺麗な惑星ですね」


 リーウ 魅音ミオンはうっとりとした顔をして言った。いや、そんな顔をしているのはアバターだが……

 その横でチョウ 麗華レイホーのアバターが惑星を眺めてうっとりとしている。


「よかったわね。私達、ここに降りられる事になって」


 三日ほど前、《天竜》は惑星の周回軌道に入った。


 その後、先遣隊が地表に降りて現地人と交渉した結果、僕らの入植許可はあっさりと出たのだ。


 そんな訳で、今はシャトルに地上へ降ろす物資を積み込んでいるところ。物資のほとんどはプリンター用のマテリアルカートリッジだけどね。


 その前にマトリョーシカ号の様子を確認しようと、僕達朱雀隊が集められて再び宇宙に出る事になった。


 そんなわけで僕達は今、宇宙機にリンクしてマトリョーシカ号を目指している。


 その途中でこれから降りる惑星を眺めていたわけだ。


「おい! 見えて来たぞ」


 ワン 博文ブォエンの指差す先で、惑星の陰からマトリョーシカ号の船体が現れた。僕達の間で、一気に緊張感が漲る。


 マトリョーシカ号のすぐ後ろには、この惑星系の第一衛星があった。第一衛星のラグランジュ第一ポイントにマトリョーシカ号がいるからだ。


 映像を拡大してみたが、マトリョーシカ号にまったく動きがない。機械から発生する赤外線も確認できない。


 完全に機能を停止しているのか、あるいは停止しているフリをしているのか? 僕達は減速かけてマトリョーシカ号のすぐそばで停止した。


 船体の外周をしばらく回ってみたが、まるで幽霊船のようだ。


 しばらくして、船首の辺りに集まった僕達に、《朱雀》にいるヤンさんが呼びかけてきた。


「アーニャと白龍パイロン君は船内を探索して下さい。王君と趙さん、柳さんは外で待機を」


 僕とアーニャは、手動でエアロックを開いて船内に入って行った。


 ちなみに僕とアーニャがリンクしているのは戦闘宇宙機ではない。武装の無い、偵察宇宙機。戦闘宇宙機では大きすぎて船内に入れないからだ。他の三人は戦闘宇宙機なので、大きくて船内に入れない。


「白龍君。実は私が出る時に、一人だけ船内に残った人がいるの。できれば、その人の生死を確認したいのだけど、いいかな?」


 生死の確認? たぶん、その人は生きてはいないだろうな。


「分かった。でも……辛くないかい?」

「たぶん……見たら辛いと思う。でも、私は確認しなければならないの」

「それだけ、大切な人なのだね?」

「ええ」


 船内は暗闇と静寂に包まれていた。


 今にもゾンビが襲い掛かってきそうな雰囲気だ。


 念のためいくつかの機械を調べてみたが、どれも回路が焼き切れていた。


 死んだふりなんかではなく、本当にこの船は死んでいるんだ。


 アーニャの話では船内には人工重力が効いていたはず。しかし、今は無重力状態だ。


 重力制御装置も電磁パルスEMP攻撃に耐えられなかったのだろう。


「船内には、電脳空間サイバースペースからは確認できない区画がいくつかあるの。プリンターから出た私達は、しばらくの間そこに隠れていたのよ」


 通路を進んでいき、やがて僕達は一つの部屋の前に出る。扉を開くと、僕の眼前で、一人の男が空中に浮かんでいた。


「ひ!」


 思わず僕は、悲鳴を上げそうになるのをなんとか堪えた。


 男は生きているかのように見えたが、その身体からは赤外線が出ていない。


 明らかに死体だ。


 僕の隣ではアーニャが涙を浮かべていた。


「アーニャ。この人は?」

「お父さん」

「え?」


 というと、エースパイロットの……

 

「カプセルには一人しか乗れなかったの。本当は、お父さんが乗るはずだった。だけど、あの時……お父さんは、私をカプセルに押し込んで……」


 しばらくの間、暗闇の中でアーニャは嗚咽を漏らしていた。


「アーニャ。お父さんを、このままにして置いては可哀そうだよ。ここから出して、弔ってあげよう」


 アーニャは頷いて、お父さんの方を向いた。


「……!」


 突然アーニャの顔に驚愕の表情が浮かぶ。


「大変!」

「え?」


 アーニャの視線の先の壁には、何か文字が書いてあった。外国の文字で僕には読めないけど……


「白龍君! すぐにここを出るのよ!」

「でも……」

「このままだと《天竜》が危ない!」

「どういう事?」

「お父さんが、壁に書き残していたのよ。『奴は逃げた』って」

「奴……それって……」

「レムは、外部のコンピューターに逃げた後だったのよ! このまま惑星に近づいたら、《天竜》が攻撃される」

「なんだって!」


 僕達は外で待っていた三人と合流して急いで《朱雀》に戻った。

 

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