第291話 殲滅(天竜過去編) 

 予備機にリンクすると、僕はまた宇宙空間にいた。

 

「よう! チャン。やっと来たな」


 声の方を向くと、ワンのアバターが手を振っている。王の声に気が付いた他の朱雀隊の女の子達も、僕の方をふり向いて手を振った。


「みんな! 英雄が帰ってきたぞ」


 周囲からどよめきが聞こえる。


 今、気がついたけど、僕はいつの間にか、朱雀隊だけでなく青龍隊、白虎隊、玄武隊の全メンバー十九人のアバターに取り囲まれ拍手されていた。


 なるほど、さっきまで通信を制限していたから、遠くにいる部隊のアバターとは接触できなかったけど、制限を解除したらこういう事もできるのか。


 て、感心している場合じゃない。英雄って誰?


「章。何きょろきょろしているんだよ。おまえのことだよ」

「え? 僕がなんで?」

「レーザー機を、撃破しただろ」

「だってあれは……みんなで協力したから……僕一人の手柄なんかじゃ……」


 突然、チョウ 麗華レイホーにヘッドロックをかけられた。仮想現実バーチャルリアリティなので痛みはないけど、なんのつもりだ?


「殊勝な心がけね。でもね、章君。戦場では英雄がいた方が、士気が上がるのよ。潔く、英雄に祭り上げられなさい」

「そんなあ。だったら、趙さんが英雄になればいいでしょ」

「う……まあ、私が英雄になるのは当然のことかもしれないけど、諸般の事情で今回は君に譲ってあげる」


 なんなんだ? 諸般の事情って……


 ボワーン!


 突然、銅鑼の音が鳴った。


 いつの間にか、銅鑼を持っているヤンさんが僕達の頭上にいた。いや、宇宙空間に上下はないけど。


「はい。静粛に。英雄を称えたいのは分かるけど、作戦開始まで時間がないわ。みんな所定の位置について」


 全員散って行った。


「章君」


 リーウ 魅音ミオンに呼び止められた。


「なに? わ!」


 急に彼女が僕の腕にしがみ付いてきた。


「お願い! しばらくこうさせていて! これ以上みんなに迷惑かけられないから」

「なんの話!?」


 ていうか、これでは僕が迷惑なんだけど……これじゃあ今度は僕が趙 麗華に嫉妬されて……


 うわわ! 趙 麗華がこっち見ている……コワい……


「あら? 魅音、英雄君の事が好きになったの?」


 あれ? そんな嫉妬している様子はないな。


「そうなの。章君って可愛いし……」

「ふうん。そう」


 趙 麗華が僕の耳元に口を寄せた。


「上手くやりなさいよ。魅音は私の大切な友達だから、泣かせたら許さないわよ」


 え? 嫉妬しないの? なんで?


「ごめんね。章君。迷惑かけて。《イサナ》の彼女に誤解されるような事になったら、私からちゃんと説明するから許してね」


 いや、ミクちゃんとは、まだそんな仲になれていないのだけど……


「いや……その……どういう事なの? 柳さん」

「麗華は、私と王さんの事を誤解しているのよ」


 それは知っているけど……


「私ね、王さんは良い人だと思うけど、好みの人じゃないの。王さんも別に私に対して恋愛感情を持っているわけじゃないから」

「そうなの? でも……柳さんと僕がこういう事をすると……」

「大丈夫。章君は麗華の好みじゃないから」

「そうなの」


 べ……別に、好かれたいなんて思ってないからな。


「麗華は、太った人が好みなの」


 太った人? え? え? え? という事は……趙 麗華は同性愛レズビアンなんかじゃなくて……デブ専?


「じゃあ、彼女は王が好きなの?」


 柳 魅音はコクっと頷いた。


「でも、好きな人をなんで?」

「私と喧嘩しないで、私と王さんを引き離そうと考えたのだと思うわ」

「それじゃあ……肝心の王から嫌われちゃうけど……」

「そこまで、考えが回らなかったのだと……」


 恋は人を盲目にするか……


 おっと! こんな事、している場合じゃない。


 僕達は、攻撃準備に入った。


 重力も地面もないはずの宇宙空間で、みんなのアバターが腹這いになってライフルを構えている。


 アバターを消してみると、それぞれの球体機がスラスターを噴射して、砲口の微調整をしていた。


「青竜隊、配置完了」「白虎隊、配置完了」


 青竜隊、白虎隊、それぞれのリーダーの声が聞こえてきた。


「玄武隊、配置完了」


 この声はマー 美玲メイリン! あの子、隊長だったんだ。


「朱雀隊、配置完了」


 最後にアーニャの声。


「一斉射撃、ー!」


 楊さんの号令と同時に、僕達は射撃を開始した。


 四つの方向から、同時に着弾するタイミングで発射された弾丸は敵の球形陣に殺到する。


 さっきの様に、一つの方向から砲撃した場合、敵は反対方向に加速するなり、エアバックで受け止めるなり、味方の機体を盾にするなりして、防ぐ事ができた。


 しかし、複数の方向から同時に攻撃をかけられたら防ぎようがない。


 着弾までのカウントダウンが六十秒を切った。


 後、一分で当面の脅威はなくなる。敵は消え去る。僕達の勝利だ。


 敵に動きがあったのは、カウントダウンが四十五を切った時。


 突然、一機のレーザー機が加速して球形陣の外へ飛び出した。


 なんのつもりだ?


 飛び出したレーザー機が突然爆発した。いや……これは……


 僕の眼前にサポートAIからのメッセージが文字で表示される。


『《青竜》通信途絶』


 まさか!?


 さっきまで青竜隊の人達のアバターがいた方向に目を向けた。


 だが、そこにアバターは無く、ただ宇宙空間が広がっているだけ。《青竜》がやられた! 奴はグレーザー砲を母船攻撃に回してきたんだ。


 残った《白虎》《朱雀》《玄武》はレーザー攪乱膜を張りつつ回避運動を始めた。


 しかし、指向性核爆弾とも言うべきグレーザー砲相手に攪乱膜は紙のような物。


 僕の見ている前で白虎隊五人のアバターが一斉に消滅した。今、《白虎》が落とされたんだ!


 次は《朱雀》と《玄武》が狙われる。


 着弾まで十秒……逃げ切れるか?


「きゃあああ!」


 この悲鳴は、馬 美玲!


『《玄武》被弾、大破』


 次は僕達……


 カウントダウンは0になった。


 砲弾が爆発し、四方向からの爆散円が敵を包み込む。


 最後に残ったグレーザー砲が《朱雀》の方向を指向した時、爆散円が到達した。


 レーザーは来ない。映像を拡大すると、レーザー機は無数の破片となっていた。


 僕達は……《朱雀》は逃げ切れたようだ。 

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