第290話 撹乱幕を突破せよ(天竜過去編)

 レーザーは確かに命中した……はずだった。しかし……


「効いてない」「そんな……」


 ん? 変だ。こっちのレーザーが届くなら向こうのレーザーも届くはず。それなのに敵はレーザーを撃ってこない。


チャン君! 私の後に戻って!」

「え?」


 言われた通り、僕はマー 美玲メイリン機の後に戻った。


「レーザー攪乱膜よ。ここから撃っても通じないわ。敵は私達が来る前に、レーザー攪乱膜を張っていたのよ」


 馬 美玲の言う通り、レーダーには、僕達と敵の間に雲のような影が横たわっている様子が映っていた。これが、レーザー攪乱膜?


 だから、向こうはレーザーを撃ってこないのか。


「いったい、どうすれば……」

「奴を仕留めるには、レーザー攪乱膜の内側に入らなきゃならない。でも、その前に奴らは電磁砲レールキャノンを撃ってくる。並んで行ったら、二人ともやられてしまうわ。だから、最初の予定通り私が盾になって章君を守る。章君は何としても攪乱膜の内側に入って、奴を仕留めて」

「分かった」


 僕達は金属箔の漂う宙域に入った。


「これが、レーザー攪乱膜?」

「そうよ。敵はこの辺りの宙域に、金属箔を撒いたのね……しまった!」

「どうしたの?」


 馬 美玲機がエアバックを展開した。敵が電磁砲レールキャノンを撃ってきたのか?


「章君。絶対に私の後から出ないで。出たら、あなたもやられてしまう」

「え?」


 そうか! 薄い金属箔と言っても、真空中では破壊力のあるデブリだ。


 この相対速度ではホイップルバンパーももたない。


「章君。聞いて。私の機体は、デブリでかなりダメージを受けた。もうすぐコントロール不能になる」

「なんだって?」

「章君は加速を止めて慣性航行に入って。もうこれ以上速度を上げる必要はないわ」


 僕はメインエンジンを停止させた。


「私の機体からは、爆発の危険がある燃料と推進剤はすべて投棄したわ。今は自力では動けないただの盾よ。章君は私の機体を盾にして、攪乱膜を突破して」

「分かった」

「奴を必ず仕留めてね。《天竜》で会いましょう」


 馬 美玲のアバターが消えた。


 とうとう僕一人だけ。


 今は物言わぬ球体となってしまった馬 美玲の機体が切り開いてくれる空隙を僕は進んでいた。この空隙から少しでも外れたら、僕の機体は破壊される。


 いつまで、この状態が続くのだろう?


 レーダーの画面は真っ白。攪乱膜の影響で、レーダーも効かないようだ。


 今、電磁砲レールキャノンを撃ってこられても、僕には分からない。


 突然、先行している球体が大きく揺れた。


 電磁砲レールキャノンを受け止めたのだろうか?


白龍パイロン君」


 唐突にヤンさんの声が聞こえた。


「楊さん。どこ?」

「今はアバターを出せないけど、声だけで我慢してね」

「はい」

「状況を伝えるわ。先ほど《天竜》から連絡が入ったの。敵の前衛部隊を殲滅したわ。《天竜》は無事よ」

「よかった」

「後は私達よ。もうすぐ、予備機による包囲も完成するわ」

「それじゃあ、僕はもうそっちへ戻っても……」

「いいえ」

「え?」

「白龍君には一機でもいいから、レーザー機を潰してほしいの。嫌な予感がするのよ」

「分かりました」


 攪乱膜を突破したのはその時だった。


 スラスターを噴射して馬 美玲機の陰から出ると、敵のレーザー機が丸見えだった。


 照準を合わせる。トリガーを引いた。


 シリンダー状のレーザー機は白熱していく。


 やがて爆発した。


 次の瞬間、僕の機体に敵のレーザーが雨のように降り注ぐ。


 僕は機体とのリンクを切って、《朱雀》に意識を戻した。


 リンクを切っても、すぐには身体の感覚は戻ってこないと聞いていた。


 実際に今の僕には五感が全くない。


 最初に戻ってきたのは触覚。


 背中にGシートの感触を感じる。重力は感じない。《朱雀》は慣性航行中なのだろう。


 誰かが僕の両肩を掴んでいるのが分かった。


 誰だろう?


 聴覚が戻ってきた。


「白龍君、聞こえる? 白龍君」


 この声はアーニャ? では僕の肩を掴んでいるのはアーニャなのか?


 視覚が回復した。


 瞼を開くと、アーニャが僕の肩に掴まって宙に浮いていた。


「アーニャ?」

「白龍君。おかえり」

「ただいま」

「やったわ。最後の攻撃で、敵のレーザー機を一機潰したわ」

「よかった」

「護衛機も半分ぐらい潰した。もう、奴らは次の攻撃を防げないわ」

「そうか。じゃあ、僕も予備機とリンクを……」

「待って。脳への負担が大きいから、三分は休まなきゃだめよ」

「三分?」


 アーニャはBMIのコントローラーを取って僕に見せた。


 『129……128……127……』


 コントローラーのディスプレイで、カウントダウンが進んでいた。


「この数字が0になるまで、再接続しちゃだめよ。というより、できないけど」

「できないの?」

「安全システムがあって、三分経過しないと機械が繋いでくれないの」

「聞いてないよ」

「ゴメンね。説明をしていなかった。それじゃあ、私は先に行くから……」


 その時、キャビン内にブザーが鳴り響いた。


 このブザーって!


『これより、エンジンを点火する。船内の者はGに備えよ』


 楊さんの声……


 ちょっ! ま……! この状況で加速はマズい!


 と、言う間もなく唐突にGが発生した。


 宙に浮いていたアーニャの身体が、僕に覆いかぶさるように落ちてくる。


 アーニャの顔が僕の眼前に迫った。


 わあ! 近い! 近い! 近い!


「うぐ!」


 僕の唇に、アーニャの柔らかい唇が触れた。


 すぐに離れると思ったが、アーニャはそのまま僕にしがみ付いてくる。

 

 ちょっと……離れないとヤバイよ。R18になっちゃう!


 離れるどころか、アーニャはさらに強く僕を抱きしめてくる。


「プハ!」


 ようやく、アーニャは僕から口を離した。


「アーニャ……その……」

「ごめんね。白龍君」

「え? なんで謝るの?」


 アーニャは僕の質問に答えることなく、自分のGシートに戻って行った。


 今のって、事故だよね? いや、最初に触れたのは事故かもしれないけど……その後は……


 は! 今の、誰かに見られていないだろうか?


 Gシートから身を起こしてみたが、誰も見ていなかった。


 おっと! もうとっくにカウントダウンが0になっている。


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、僕は予備機とリンクして戦場に戻った。 

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