第277話 アーニャ・マレンコフ(天竜過去編)

「@*&◆a▽m☆p〇;$\!」


 女の子は意味不明の言葉を叫びながら、僕に飛びついてきた。そのまま僕の背中にしがみ付く。


 これじゃあ、あの夢と同じ。やはり、予知夢だったのか? それより……


「楊さん。この子、何を言っているの?」

「さっぱり。私、英語と日本語なら分かるけど……ちょっと待って。今、翻訳ディバイスを」


 楊さんがスマホのような機械を操作すると、その機械から翻訳された彼女の言葉が出てきた。


「お願い! 助けて! 奴が追ってくる」


 また、奴か? 奴じゃ分からないよ。


「だから、奴って誰?」

「分からない。皆はレムと呼んでいた」

「レム? 何者?」

「分からない。でも、レムに捕まると飲み込まれてしまう」


 人食いモンスターだろうか?


「とにかく、ここにはそんなバケモノはいないから安心して……ええっと、君。名前は?」

「名前?」

「君の名前だよ。ああ! こっちから名乗るのが礼儀だったね。僕はチャン 白龍パイロン。こちらのお姉さんが、ヤン 美雨メイユイ。君は?」

「アーニャ……アーニャ・マレンコフ」


 楊さんがアーニャの顔を覗きこんだ。


「アーニャさん。あなた、今自分がどこにいるか、分かっているの?」

「え? 分からない。目が覚めたら、機械の一杯ある部屋にいて……」


 医療室か。 


「奴に捕まって連れ戻されたのかと思ったけど、外へ出て見たら全然知らない宇宙船の中で……道に迷って……この部屋に隠れて……」

「そう。じゃあ、アーニャさん。あなた脱出カプセルの中にいたのだけど、その事は覚えているかしら?」

「脱出カプセル?」

「あなたは脱出カプセルで宇宙を漂っているところを、この船に救助されたの。だから、奴だかレムだか知らないけど、ここまでは来ないわよ」

「この船は?」

「この船は、台湾の宇宙船 《天竜》」

「台湾? 日本の南にある国?」

「そうよ。それであなたの乗っていた宇宙船は?」

「マトリョーシカ」

「な!? 」


 なんだって!? それって楊さんが言っていた、三十年前に行方不明になった船?


「マトリョーシカですって!? マトリョーシカ号は無事だったの?」


 楊さんの質問に、アーニャは答えず、ただカッと目を見開いて上を上げていた。


「どうしたの? アーニャさん」


 アーニャは大きく震えだした。


「楊さん。アーニャさんの様子おかしいよ。医者を呼んだ方が……」

「そうね。医務室でも、彼女を探しているはずだから……」


 楊さんが上着のポケットから携帯を取り出した。突然、アーニャがその手を掴む。


「え?」

「奴が来る!」

「大丈夫よ。アーニャさん。ここは……」

「奴は、この船を……《天竜》を狙っている! 私は、それを伝えるため、ここまで来た」

「どういう事?」

「この船は……タウ・セチに入ったのね?」

「そうよ。昨夜ヘリオポーズを越えたばかりだけど……」

「奴は、地球の船がタウ・セチに近づいている事に気が付いていた。このまま近づいたら、奴はこの船を破壊する」

「なんですって?」

「私たちの仲間は、それを阻止するためにプリンターで肉体を得た。だけど、搭載艇を奪えないうちに、仲間はどんどん殺されて、最後に残った仲間が、私をカプセルに入れて送り出した。この船に、危機を伝えるために……」

「いったい、マトリョーシカで何があったの?」


 アーニャは頭を抱える。


「分からない! 私達、電脳空間サイバースペースで普通に暮らしていた。でも、突然、奴が現れて、みんなを飲み込んで……」

電脳空間サイバースペース……飲み込む……まさか?」

「楊さん。何か分かったの?」

「人格融合かもしれない」

「人格融合?」

「昔の電脳空間サイバースペースでは、たまにあったの。電脳空間サイバースペースで人格同士が融合してしまう事故が。たいていは二人か三人が融合する程度だけど、時には暴走して際限なく人格を融合していく事があるの」

「どうなるの? 人格が融合すると?」

「白龍君。多重人格という病気を知ってるかしら?」

「うん。一人の人間の中に多くの人の心ができちゃうとか……」

「まあ、そんなところね。一人の人間の脳に、何人もの人格が発生してしまう病気。これを治療することによって、脳内の複数の人格を融合していくの。これと同じことが電脳空間サイバースペースの中でも起きてしまうのよ」

「ええ!? 電脳空間サイバースペースの中で?」

「私達が使っている電脳空間サイバースペースの中では、何千人もの疑似人格が生活しているわね。これってコンピューターを人の脳に見立てるなら、多重人格の状態なのよ。初期の電脳空間サイバースペースでは、この人格同士が融合してしまう事故があったの。今は安全対策が取られているから、そんな事故は起きないのだけど……」

「でも、アーニャの船では、その……人格融合が起きてしまったのでしょ?」

「まあ、本当に人格融合か分からないけど、アーニャの話を聞く限りじゃその可能性が高い。そうだとするなら、融合されて生まれた統合人格があるはずだわ。レムというのがその統合人格かもね」

「でも、アーニャはどうして助かったの?」

「融合を免れた人格もいたのでしょう。とにかく、この事はすぐに船長に伝えないと」

 

 それからしばらくして、《天竜》の会議室では対策会議が開かれる事になった。

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