第278話 レム?(天竜過去編)

 会議は電脳空間サイバースペースで、全員参加で行われた。

 

 ただし、発言権は一部の人しかない。もちろん、僕みたいな子供に発言権があるわけなく、傍聴者オブザーバーとしての参加だ。全員参加というより、ネット公開するから、見たい奴は見に来ていいぞというだけ。ただし、多数決を取る時は投票に参加できる。


 楊さんはエリートだから、発言権はあるみたいだけど、電脳空間サイバースペースの楊さんと、生身の楊さんとどちらが発言権を持つかで少し揉めて、結果、生身の方に発言権が与えられた。


 生身の方が、アーニャと直接関わったからだ。電脳空間サイバースペースの楊さんではアーニャから何も聞いていないし……


 会議場の中央に、小熊のようなキャラクターが現れた。これはアーニャのアバター。ちなみに僕のアバターはパンダだ。


 小熊が会議場のみんな向かって挨拶した。


「私はアーニャ・マレンコフ。《天竜》の皆さん。宇宙を漂っていた私を、救って頂きありがとうございました」


 小熊は深々と頭を下げる。


「私が乗っていた船は、マトリョーシカ号でした。私はその船から逃げ出してきたのです」


 会議場の中が一斉にざわついた。


「皆さんの認識ではマトリョーシカ号は、三十年前に行方不明になったそうですね。私の認識では、事件が起きたのは数日前なのです。ただ、私はその後、仲間に起こされるまでは、休眠状態にあったため、時間の感覚がおかしくなっているようです。いったい何が起きたのか、正直言うと私もよく分からないのです。ただ、分かっているのはマトリョーシカ号がレムという存在に乗っ取られ、宇宙条約で禁止されている侵略行為を始めた事。そして地球の船……つまり《天竜》が近づいてくる事を察知したレムは、《天竜》の破壊を目論んでいる事です。私はこの危機を皆さんに伝えて、レムと戦ってもらうために送り出されました」


 白い兎のアバターが発言を求めた。


「戦うと言われても、そもそもレムとは何者なのかね? どんな力を持っている? 聞くところによると、電脳空間サイバースペース内にいる多数の人格が融合して生まれた統合人格だというが……」

「レムの関しては、私もよく分からないのです。電脳空間サイバースペースの中で、私が認識できるのは、その中に作られた仮想現実バーチャルリアリティだけで、その裏にあるプログラムを見ないとレムの正体は分からないと思います」

仮想現実バーチャルリアリティの中だけでいいから、言ってほしい。レムとはどのようなアバターを使っていた?」

「レムに明確なアバターはありません。仮想現実バーチャルリアリティの中で黒い霧のような姿をしていました。ただ、その霧の中に、無数の人の顔が見えるのです。それは、恐らくレムに飲み込まれてしまった人達の顔だと思うのです」

「飲み込む?」

「私が見た感じでは、黒い霧は他人のアバターを包み込んで分解してしまうのです。私はそれを飲み込むと言ってました」

「では、その事はいいとして、レムという存在はマトリョーシカ号を完全に支配下に置いていて、その装備で、我々を攻撃してくるというのだね?」

「そうです。だから、あなたたちにレムと戦ってほしいのです」

「戦えと言われても、この船には宇宙で戦える兵器はない」

「兵器に関しては大丈夫です。この船にないというのは、兵器のデータがないという事ですね。データは私が乗って来たカプセルの中に入っています。この船のプリンターにかければ兵器を出力できます」


 狐のアバターが発言を求めた。


「確かに君の乗ってきたカプセルの中に、データカードがあった。まだ、中を見ていないが、そのカードに兵器のデータのあるのかね?」

「そうです」

「それは良いのだが、一緒にマテリアルカーリッジも入っていたが、まさかあんな物騒なものも使えというのか?」


 マテリアルカートリッジが物騒? どういう事だろ?


「そうです。使って下さい」

「冗談じゃない! プルトニウムのカートリッジなんか、我々のプリンターでは扱えない!」


 プルトニウム!? そんな物が……じゃあカプセルから、放射線が漏れていたのはそのせい?


「そんなはずはありません。使用しないカートリッジと入れ替えれば使えるはずです」

「たしかにできない事はないが、プルトニウムなんか扱ったら、プリンターが壊れてしまう。運よく壊れなくても、そのプリンターは放射性物質に汚染されて、除染しないと使えなくなるのだぞ」

「カードの中には、放射性物質を扱えるプリンターのデータがあります。この船のプリンターでそれを作って下さい。それを使えば問題ありません」


 龍のアバターが発言を求めて手を上げた。これは船長のアバターだったと思う。


「そのレムという存在を倒すのに、核は必要なのかね? できれば、そんな物騒な兵器は使いたくないのだが」

「分かりません。ただ、レムはマトリョーシカ号のコンピューターの中にいます。確実に倒すには、核を用いた電磁パルス攻撃がもっとも有効だと聞いてきました」

「しかし、通常兵器ではダメなのかね?」

「時間をかけすぎると、奴が逃げ出す可能性があります」

「逃げる? どこへ?」

「レムはコンピューターのプラグラムのようなものです。コピーを作って、他のコンピューターへ逃亡する事も可能です」

「という事は、《天竜》のコンピューターも乗っ取られるのでは?」

「その可能性はありますが、コンピューターウイルスの様に簡単には感染はしません。ウイルスを送り込んでくるかもしれませんが、それは通常のウイルス対策ソフトで防げます。それよりも、奴は惑星上に大型コンピューターを作っている様子です。時間をかけすぎると、そこへ逃げられてしまいます」

「とにかく、情報が少ない。戦う前に偵察の必要がありそうだな。それと、この事は地球に報告しよう」

「偵察はもちろんやった方がいいですが、地球への報告は恐らく無理でしょう」

「どういう事だ?」

「レムは、地球の船が来て、この事を報告される事を恐れています。だから、太陽系の方向に通信を送れないように、ジャミングをかけています」

「どうやってジャミングを?」

「オールト雲の中にジャミング用宇宙機を撒いているのです。この船はオールト雲でデブリにぶつかったそうですね。おそらく、それは宇宙機の一つです」

「なんだって!?」


 確かに、デブリとの衝突の後、定期的に地球から送られてくる電波が受信できなくなっていた。そのうちに回復するだろうと、みんな楽観していたけど、これってジャミングされていたのかな?


「この船に損害を与えるほど大きなデブリなら、レーダーで発見して避けるなり破壊するなりできたはずです。それにも関わらずぶつかったという事は、レーダーに映らないステルス性のある宇宙機の可能性が大きいです」

「確かに、レーダーにまったく映っていなかった。レーダーの故障かと思っていたが……とにかく、地球との通信だけでも回復させたい。その宇宙機を何とかできないだろうか?」

「私の持ってきたてデータカードの中に、ジャミング用宇宙機のデータもあります。あなた方なら、そのデータから対策を立てられないでしょうか?」

「分かった。やってみよう」


 それからしばらく話し合いが続き、マトリョーシカ号のいる惑星には偵察隊を送る事にして、《天竜》は手ごろな外惑星に隠れて《イサナ》の到着を待つことに決定した。

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