第230話 迫る帝国軍(過去編)

 鍼灸治療の甲斐あって、香子の体調が回復してきた頃、来客が訪れた。


 訪れたのは五十代の地球人女性。


 名前はヤン 美雨メイユイ


 その名前に香子は聞き覚えがあった。


「鹿取さん。まずお悔みを申し上げます。まさか、北村さんがお亡くなりなっていたなんて」

「ありがとうございます。それで、御用と言うのは?」

「お力を、貸してほしいのです」

「力? 私のような病み上がりでよろしかったら」

「帝国軍が、カルカへ迫っています」

「まさか?」


 香子がそう言ったのは、帝国軍にそんな余裕はないと思っていたからだ。


 実際のところ、帝国軍はかなり追いつめられていた。


 リトル東京の日本人たちが、北方ナーモ族にライフル銃など帝国軍より強力な火器の製法を伝えてしまったためだ。


 このままでは、北方諸国への再侵攻どころか、北方諸国が手を組んで帝国へ攻めてくるかもしれない。


 まだ火器を知らない南方諸国へ攻め込んだ事も、実はかなり無理をしていたのだ。


 そんな無理をしてまで南方諸国へ攻め込んだのはなんのためか?


 しばらくの間、リトル東京側では分かっていなかった。


 ただ、南方諸国なら弱いからという、安直な理由で攻め込んだとも考えられていた。


 それが違うと分かったのは、シーバ城の地下で放射性物質が見つかった時……


 どうやら、シーバ城の地下に核爆弾が隠されているらしい。


 理由は分からないが、あるものはある。


 そして、帝国軍はそれを知っていて、核を手に入れる目的で攻めてきた。


 だから、シーバ城を落とした今、帝国軍は目標を達成したのでカルカまでくるはずがない。


 香子はそう思って「まさか」と言ったのだ。


「シーバ城の帝国軍ではありません。東の砂漠から別の部隊が迫っているのです」

「なんのために?」

「私たちの持ってきたプリンターは壊れてしまいました。しかし、マテリアルカートリッジは大量に残っています」

「では、それが目当てで……カートリッジは、どこにあるのです?」

「旧カルカ国の地下。カルカシェルターです。今は、天竜号乗員の子孫たちや、ナーモ族、プシダー族、そして亡命帝国人にも呼びかけて、戦える者をシェルターに集めているのです。ぜひあなた達にも、協力して頂きたいのです」

「わかりました。是非、協力させて下さい」

 

 そして、香子と芽衣はカルカシェルターに入り帝国軍を迎え撃つ準備をしていた時、そのウワサを耳にした。


 勇者カイトが、シーバ城の帝国軍を殲滅したと……


「いやいやいや、ありえないでしょう。海斗がこの惑星に降りてきていたとしても、一人でシーバ城の帝国軍一個師団を殲滅するなんて。リトル東京と母船の支援を受けていた私達ですら、帝国軍の侵攻を防げなかったのに」

「でも、香子さん。決して不可能ではないと思います」

「芽衣ちゃん。どういう事?」

「私達が城から脱出する前に、ブービートラップを残していったじゃないですか」


 シーバ城の地下に残してきた大量の液化天然ガスの事を芽衣は言っていたのだ。


「予定では、帝国軍がシーバ城に入城した頃合いを見計らって、ダモンさんがあれに点火する事になっていたじゃないですか。でも、城が吹き飛んだという話は、いつまで待ってもない事から、ダモンさんは失敗したようです。でも、北村さんが後からやってきて、あれに点火したとしたら……」

「ううん……確かに、それはありうるわね」

「もし、そうだとすると、北村さんはダモンさんと接触できたのかもしれません」

「どうして?」

「北村さんが偶然ブービートラップに気が付くよりも、ダモンさんと接触してブービートラップの事を聞いたという方が可能性は高いです」

「そっか」

「だとすると、北村さんはこっちへ向ってきているかもしれません」

「どうして?」

「私達がカルカへ向かった事はダモンさんが知っています。それを知ったら、北村さんはこっちへ来るはずです」

「だから、どうして?」

「そんなの、香子さんに会いたいからに、決まっているじゃないですか」

「いやいやいや! それは無い! だって、生データの海斗は、私を幼馴染と認識していても、恋愛感情はないはず」

「そんな事ありません」

「そんな事あるわよ。それに……」


 香子はコンパクトで顔を見た。


「五歳年上になって、こんなやつれた顔を見せられたら、あいつ幻滅するわよ」

「では、頑張って回復して下さい」

「だけど、海斗が惑星に来て二ヶ月近く経つのよ。もう他の女と付き合っているかもしれない」

「それは大丈夫です」

「どうして?」

「それは……」


 芽衣は口ごもった。人工知能P0371に、他の女が海斗に近づくのを妨害するプログラムを組み込んだ事は香子にも黙っていたのである。

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