第九章

第222話 海斗の死 (過去編)

話は数ヶ月前。

一人目の海斗が死んで、その亡骸がシーバ城に運ばれてきたところから香子は語り始めました。




☆    ☆    ☆    ☆    ☆


「よしなさい!」


 突然、腕を掴まれて香子がハッと我に返ったのは、シーバ城での一室での事。

 

(私は、何をしていたの?)


 自分の手に握られている物を見て愕然とする。


(サバイバルナイフ? 私……こんな物をどうしようと……?)


 自分の腕を掴んでいる男に視線を向けた。シーバ城宮廷魔法使いカ・ル・ダモン。


 頭に猫耳がある以外、地球人とそっくりな地球外知的生命体の男は、悲しげな眼差しを香子に向けていた。


(そうだ! 私、今、これで自分の喉を突こうとしていた。この人に、止められなければ……)


 香子はナイフを握る手を離した。ナイフは乾いた音を立てて床に落ちる。


「ダモンさん。手を離して下さい」

「しかし……」

「もう、大丈夫ですから」


 ダモンが手を離すと、香子はテーブルに視線を向けた。


 その上に一人の男が横たわっていた。


「海斗」


 幼いころから、一緒に遊んでいた同い年の男の子。


 幼稚園から中学までずっと一緒だった。


 一緒にいるのが、当たり前だと思っていた。


 その当たり前が崩れたのは、中学を卒業した年。


 この年、香子は親の都合で他県へ引っ越すことになる。


 会えなくなってから、香子は胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に苛まれていた。


 その時になって、香子は初めて分かった。


 海斗が、自分にとっていかに大切な存在だったか……

 


 海斗に会いたい。会って話をしたい。話ができなくてもいいから、海斗の可愛い顔を眺めていたい。


 せめて『SNSに今の顔写真をUPして』と頼んでも、海斗は写真を上げてくれなかった。


 なせなら、海斗は自分の幼い顔にコンプレックスを持っていたからだ。


 その後、本物の鹿取香子が、本物の北村海斗と再会できたのか、ここにいる鹿取香子は知らない。


 なぜなら、彼女は二十二歳の時にマルチスキャナーでデータを読み取られ、電脳空間サイバースペースに生まれた鹿取香子のコピーだから……


 その電脳空間サイバースペースでコピーの香子は、コピーの海斗と再会できた。


 それから、二百年間、香子は海斗と電脳空間サイバースペースの中で過ごしていた。


 正確には二百年も経過はしていない。


 電脳空間サイバースペースの中では時間の経過速度は変えられるし、データを休眠状態にもできるし、セーブしたデータから活動再開する事もできる。


 この香子が、電脳空間サイバースペースで過ごした時間は体感時間で三十年ほどだ。


 そんなある日、香子と海斗はプリンターで出力されて二百年ぶりに生身の身体を得た。


 それから五年、太陽系外地球類似惑星の上で過ごした時間は、香子と海斗にとって電脳空間サイバースペースでの二百年よりも貴重な時間だった。


 五年の間、愛を育み、そして来月には二人は結婚するはずだった。


 海斗が死ななければ……


「海斗……」


 香子は、海斗の亡骸に突っ伏して泣いた。号泣した。    


「香子さん。ごめんなさい。私、北村さんを守れなかった」


 振り向くと、桜色のロボットスーツを纏った芽衣めい が立っていた。


 ロボットスーツの装甲には、無数の破片が刺さっている。


 RPG7の至近弾によるものだ。


「芽衣ちゃん。こんな傷だらけになってまで……海斗を連れてきてくれたのね」

「香子さん」

「でも、なんでこんな事に……なんで、帝国軍が、こんな近代兵器を……?」


 その時、一人の女性が部屋に駆け込んできた。


「リトル東京から返事が来たわ! 裏切り者がいたのよ」


 香子と芽衣は、その女性、相模原月菜に視線を向ける。

  

「相模原さん……裏切り者って?」

「リトル東京から、大量のカートリッジを持ち出して帝国へ逃げた奴がいたのよ。帝国は、そのカートリッジでプリンターを動かして武器を作ったのだわ」

「誰が……そんな事を」

「カルル・エステスよ」


 その名前を聞いて、香子はショックを受けた。


 カルルは、海斗と友達だったはず。


 なぜ、そんな事を……?


 いや、香子には心当たりがあった。


 五年前、香子はカルルのプロポーズを断っていた。


 カルルにとって、自分をふった女が自分の友人と結婚するなんて、耐えがたい屈辱だったのかもしれない。 


 そんな事も考えないで、香子は海斗との婚約を周囲に吹聴して回った。


 自分の軽率な行為が、カルルを裏切り走らせて、海斗を死に至らしめてしまったのだろうか?


 その罪の意識から、香子は食事も喉を通らなくなってしまった。 

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