第220話 楊 美雨

 僕達が車から降りた時、ヤン 美雨メイユイの横にレイホーが寄って、何かを耳打ちしていた。


 すると、楊 美雨は僕の方へ向き直る。


「そちらに怪我をした方がいるそうですね? こちらには医者がいるけど、必要かしら?」

「ぜひ、お願いします」


 車の中に寝かせてあったダモンさんを、ストレッチャーに乗せた。ついでに、捕虜にしたダサエフも引き渡しておいた。


「カイトさん、あたしダモン様に付き添っていきますので、話を進めていて下さい」


 ミールがストレッチャーと一緒に通路の奥へと消えていく。


 それを見送っている僕に、楊 美雨が話しかけてきた。


「北村海斗君。久しぶりね」

「ども……」


 僕の事を覚えていたのか。この人にとっては、かなり昔の事なのに……


「あれ? お母さん、このお兄さんと知り合いだったの?」


 不思議そうな顔でレイホーが言う。どうやら、親子のようだ。

 

「レイホー。この人と、どこで知り合ったの?」

「カルカの郊外で、盗賊に襲われているところを助けてもらったね」

「そうだったの。お母さんは、昔この人にふられたのよ」


 ブッ! そういう言い方しなくても……


「ええ!? だって歳の差が……」

電脳空間サイバースペースでの話よ。プリンターから出た時間が違うから、歳がこれだけ離れてしまったのよ」

「ああ! なるほど」

「北村海斗君。君はあの時と姿が変わらないわね。プリンターから出たのはいつ?」

「二ヶ月前です」

「そう。私はプリンターから出て、かれこれ三十年以上経つわ。交流会の時に、君と会っているはずだけど、覚えているかしら?」

「覚えています。と言っても、正確には僕は会っていません。僕は生データから作られたので、電脳空間サイバースペースで過ごした記憶はないのです。ただ、後から電脳空間サイバースペースの記憶を植え付けられたので、交流会であなたと会っている事は知っています」

「そう。私の夫も、あの交流会で《イサナ》の女の子にふられたの。お互いふられた者同士で結婚したのよ」

「そ……そうでしたか……」


 てか、僕は別にふったわけでは……


「まあ、昔の話はさて置いて、さっそく頼みたい事があるの」

「なんでしょう?」

「プリンターがあったら、すぐに貸してほしいのだけど」

「プリンターならありますが、そんなに急いで何に使うのです?」

「私の夫が、病気なの。プリンターがあれば医療用ナノマシンが作れるのだけど」

「そういう事は、早く言って下さい。すぐに用意します」

「急がなくていいわ。どのみち、夫は冷凍睡眠コールドスリープ中。今から解凍しても、ナノマシンが使える状態になるまでは六時間かかるの」

「そうでしたか」


 だよね。でなかったら、こんなにのんびり構えているわけないか……


「あら? この子」


 楊 美雨はミクの方に目を向けた。


「あなたも来ていたのね」

「え? あたしの事を、知っているの?」

「知っているわよ。交流会で私の夫となる男の子をふっていたのだから……」

「え? あたし、誰もふってなんか……」


 あ!


「ひょっとして楊 美雨さんの夫って、白竜パイロン君のことでは……」

「そうよ。十歳年上の姉さん女房になってしまったけどね」


 それを聞いてミクが慌てた。


「ちょっと待って! あたし白竜君をふっていないわよ!」

「ミク。『お友達でいましょう』は『お断りします』と同じ意味なのだよ」

「ええ!? どうして、その時教えてくれなかったのよ!」

「それを僕に言われても……でも、たぶん、電脳空間サイバースペースの僕も、ミクは断ったのだと判断してのだと思う」


 僕は香子の方を向いた。


「香子も、教えてあげればよかったのに」

「そんな事言ったって、私だってミクちゃんがあの男の子をふったと思っていたし……それに私はあの時、それどころじゃなかったわ」


 え?


「幼馴染の私を差し置いて、海斗のファーストキスを奪った女と口論中だったのだけど……その時の詳しい状況を聞きたい?」


 いえ……遠慮しておきます……コワいから……


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