第206話 誘導

「お兄ちゃん。ドローンは全部片付けたよ」

 

 オボロに乗ったミクが、僕の傍らに寄って来た。


「ミク」


 僕は、矢部を指差した。


「僕は、あいつを追いかける」

「ええ!? お兄ちゃん。あんなのどう見ても罠じゃん」

「罠にしては、あまりにも見え透いている。僕はゆっくりと追いかけるから、ミクはみんなのところへ戻って、成瀬真須美のドローンに聞いてきてほしい。これは共闘の一環かと。電波で聞くと矢納さんに聞かれる」

「うん。分かった。お兄ちゃんも、あたしが戻るまで無茶しないでね」

「分かっている」


 ミクがみんな方へ戻っていくのを見て、僕は矢部を追いかけ始めた。


 僕が追いかけてきたことに気が付くと、矢部は少しだけスピードを上げた。


 しかし、僕がそれ以上加速をしないでいると矢部は再びスピードを落とす。


 やはり、誘っているな。


 問題はそれが罠なのか、それとも……


「お兄ちゃん、聞いてきたよ」

 

 ミクが戻ってきた。


「どうだった?」

「お兄ちゃんの思っていた通りだった。あいつが逃げる先に、ブラック上司がいるんだって……」

「やはり……」


 逃げる時に『矢納さんのところへ逃げる』とわざわざ言ってきた。


 これは『矢納さんのところへ案内するから着いて来い』という意味だったんだ。


 矢部も成瀬真須美とグルなのか分からないが、少なくとも矢部の脳内にいる『中の人』は、矢納さんを粛清したがっているはず。


 さっきの矢部の戦い方、丸っきり気迫が感じられなかった。


 どこか、適当に戦っている感じだった。


 いや、実際にあれは適当に戦っていたのだ。


 適当に戦って、さりげなく負け、僕をさりげなく誘導して、矢納さんを叩かせるつもりだな。


「ミク。僕から少し距離をあけて着いてきてくれ」

「どうして?」

「成瀬真須美との共闘関係は、僕が矢納さんを殺すまでだ。殺した時点で、成瀬真須美とは敵対関係に戻る。その途端、攻撃されるかもしれない」

「わかった。何かあったら、すぐに駆けつけられる距離にいればいいのね」

「そうだ。頼んだよ」


 僕は一気にスピードを上げる。


 矢部も、それに合わせて速度を上げた。


 ミクは少し遅れて着いてくる。


 しばらくして、通信が入った。ただし、僕に向けてではない。


『矢納さん。助けて下さい。北村さんに追いかけられています』

『バ……バカ! こっちへ逃げてくる奴があるか』

『そんな事いったって』

 

 電波の発信源は? 十一時の方向八千メートル。


 映像拡大。


 いた!

 

 屋根に多数のアンテナが着いているトレーラーが砂漠の中に停止している。


 あの中に矢納さんが? あそこからドローンをコントロールしていたのか?


 トレーラーの屋根から何か飛び出した? ミサイル!


「チャフ」

 

 レーダー波を乱反射させる微粒子を放出。さらに火炎弾フレアを射出した。


 ミサイルは火炎弾フレアに引き寄せられて逸れていく。


 さらに近づくと、機銃を撃ってきた。


『銃撃を受けました。貫通なし』


 九九式のアーマーを貫通する威力はなかったようだ。


 しかし、矢納課長は以前に九九式のアーマーを貫くために対戦車ライフルを用意していた。つまり、この程度の機銃では効果がないことは分かっているはず。

 

 この機銃掃射は牽制で、別の場所から対戦車ライフルで狙っているのか?


 警戒しながら近づいたが、機銃以外の攻撃はなかった。

 

 トレーラーの屋根に降りて機銃を叩き潰す。


 それ以外に、抵抗らしい抵抗はない。


 どういう事だ?


 あれ? でっかいトレーラーはあるけど、それを牽引する車がどこにもない。


 という事は……


「ブースト」


 扉をぶち破って、トレーラーの中に入ってみると、そこはもぬけの殻。


 ドローンをコントロールする機器は揃っているが、それを操作する人間はどこにもいない。


 逃げた後だったか。 


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