第178話 捕虜
僕は後部シートに振り返って、キラに尋ねる。
「キラ。この子のやっている事は、降伏の意思表示と考えていいのかい?」
「確かに、私も日本に降伏する時は、白い布を掲げるように言われていた」
「では、攻撃する必要はないな。Pちゃん、どうしてこういう状況になったの?」
「話すより、見てもらった方がいいでしょう。映像を五分前に戻します」
廃墟と廃墟に挟まれた道路を進んでいく映像が、メインモニターに現れた。
道路はむき出しの地面などではなく、アスファルトのようなもので舗装されている。
痛みが少ないところを見ると、最近まで手入れされていたようだ。
しばらく、進んでいると、廃墟の陰から少年兵が頭を出す。
少年兵は最初、こっちとは反対側を向いていたのでドローンに気が付かない。
どうも、向こうからくる何者かを警戒しているようだ。
誰もいない事に安心したのか、廃墟の陰から少年兵は出てくる。
そして、こっちを向いてドローンに気が付いたようだ。
よっぽど驚いたのか、少年兵はその場にへたり込み、しばらく震えていた。
映像は、少年兵のすぐ前で停止する。
女の子のような愛らしい顔が、恐怖にゆがんでいた。
少年兵はポケットから、震える手で白いハンカチを出して掲げる。
この状況から判断すると、脱走兵か?
僕はマイクの内蔵翻訳機を 日本語⇔帝国語 にセットした。
「君。その白いハンカチは、降伏の意思表示と解釈していいのかい?」
『そ……そうです。い……命だけは、取らないで下さい』
いや、取らないから……
『あの……あなた、ナルセさんですか?』
ナルセ? ああ! この子、このドローンを
成瀬真須美と思って少し安堵したのか、少年の震えは止まった。
ううむ、このまま成瀬真須美と思わせておいた方が楽かもしれないが……やはりネカマはよくない。ネカマとは違うか?
「違うよ」
正直にそう言った途端、少年はまた恐怖に震え始めた。
『ヤナさん! 違うんです!』
どうやら、今度は矢那課長と間違えられたようだな。
『僕、道に迷っただけで……けっして、脱走なんて……』
やはり脱走か。まあ、それは良いのだが、こんなに怖がるなんて……矢納課長……あなた、こんな子供に何をやったのですか?
「どっちでもないから、安心しな」
『では、あなたは?』
「君達の、敵対勢力の者だ」
『なあんだそうだったのか……ええ!? 敵対勢力? じゃ……リトル東京?』
「まあ、そんなところだな。分かると思うが、君をこのまま帰すわけにいいかない。大人しく我々の……」
『捕虜になります!』
「……捕虜になるなら、命の保証は……え? なるの?」
『なります! 捕虜にして下さい!』
ううむ、話が早くてよかった……のだろうか?
「分かった。このドローンの下部から、ケーブルが伸びているのは見えるかい」
『はい! 見えます』
「では、このケーブルに沿って進んでくれ。その先に我々はいる」
『分かりました』
ちなみにこのケーブル、ドローンのコントロールに使っているものだ。電波誘導にすると敵に気づかれるので、今回は有線誘導にしたわけだが……
「カイトさん。信用して大丈夫なのですか?」
ミールが、不安気な眼差しを僕に向けていた。
「大丈夫って、何が?」
「なんか、話が上手すぎる気がするのです。あたし達、あの少年兵が虐待されているところをドローンから見ました。その直後に、その少年兵がドローンの前に飛び出してくるなんて、偶然でしょうか?」
「ううん」
「あたし達に見られている事を知っていて、その上で少年兵を虐待し。あたし達の同情を買ってから、ドローンの前に少年兵を飛び出させたのではないでしょうか? スパイとして送り込むために」
「ううん……それもありうる」
「でしょ。それに、ナルセとヤナって、今は帝国側じゃないですか。ナルセかヤナの操縦しているかもしれないドローンに白い布を出すなんて……」
「いや、二人とも元は日本人だ。日本人に敵意が無いことを示すつもりで出したのだと思う」
「そうでしょうか? 捕虜になると言って、スパイをする気では……」
「だけど、僕達としてはあの少年兵を帰すわけにはいかない。かといって、降伏している者を殺すと言うのもどうかと……」
「そうですね」
「もしも、罠だとするなら、罠ごとぶち破ればいい。心配はないよ」
「分かりました。カイトさんがそう言うのなら」
Pちゃんが外からドアをノックした。
「ご主人様。蛇型ドローンの設置終わりました。飛行船タイプドローンを一度こっちへ戻しますが、あの少年兵をドローンで運びますか?」
「Pちゃん。そんな事できるの?」
「もちろん、乗る事はできませんが、ドローンから下がっているロープに捕まってもらえば運ぶことも可能です」
「分かった。そうしてくれ」
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