第132話 喫煙所

「北村海斗君。ドロノフ氏を門までお送りしてくれ」


 ドロノフを連れて、僕は外へ出た。


 あちこちで土木作業機械やロボットが動き回り新しい建物が建設されている。


「なあ、あんた。タバコ吸っていいかい?」

「タバコ?」


 この時、僕はディスプレイに目をやった。


 たぶん、ドロノフが何と発音したのか確認したかったのだろう。


 ドロノフはシガレットと発音していた。


 やはり地球の言葉。


「それなら、喫煙所に案内します。そこ以外での喫煙は禁止されています」

「喫煙所? そんなところがあるのかい? じゃあ案内してくれ」

「わざわざこんなところで吸わなくても、帰れば大っぴらに吸えるのでは?」

「逆だ。帝国では、タバコは全面禁止されているのだよ。喫煙所なんてあるだけ、ここの方がましだ」


 喫煙所は、窮屈そうなガラス箱のような部屋だった。


 中は煙で満ちている。


 ドロノフが中に入ると満員になった。


「なかなか、快適だな。この喫煙所は。みんな堂々と吸っている」


 喫煙所の中からドロノフは話しかけてきた。


「堂々と吸えるのはこの中だけですよ。この外で吸ったら、白い目で見られる」


 中と外はスピーカーで話ができるようだ。


「白い目で済むならいい方だ。帝国内で煙草を吸っているところを見つかったら、良くて罰金、悪けりゃ懲役だ」

「帝国は、昔からそんなに喫煙に厳しいのですか?」


 そんなに厳しかったら、とっくに喫煙者がいなくなっていると思うが……と思ったら、ドロノフは首を横にふった。


「十年ぐらい前までは、決められていた場所での喫煙は認められていた。それが今の皇帝が即位してから、全面禁止になった。なんでも、神のお告げで禁止になったとか。まあ、みんなこっそり吸っているし、役人も大目に見ているけどな。さすがに大っぴらには吸えない」


 また神? ネクラーソフは誰かが創作した似非神だと言ってたが……創作した奴は誰なんだ?


「どうせ、煙草の嫌いな誰かが、神を騙ったのだと思うけどな。たまんねえぜ。いっそ、どっかタバコの吸える国に亡命したいよ」

「じゃあ、リトル東京ここへの亡命でも希望しますか?」

「悪くない話だ。まあ、考えておこう。もっとも、ここが残ればの話だがな。三日後には、ここには三万の軍勢が押し寄せて跡形もなくなる」

「そうですか」

「お前、全然恐れていないな」

「なぜ、恐れる必要が? 忘れたのかな? 以前帝国の都市がどうなったか。あの時、破壊された都市は、まだ復興していないはずだけど」

「確かに日本人は強い。だが、お前たちは人道とかいう、つまらないものに捕らわれている。ナーモ族を拉致して各都市や軍事基地に配備しただけで、お前たちは悪魔のハンマーを使えなくなったじゃないか」

「悪魔のハンマー?」

「我々の都市を破壊したあの武器だ」

「ああ! 隕石の事か」

「お前たちは、いざとなったら悪魔のハンマーがあると思っているが、悪魔のハンマー無しで三万の軍勢を防げるかな?」

「どうして、我々が隕石を使わないと思うのです?」

「ククク……我々の軍勢を見つければ分かるさ」


 その意味が分かったのは、そのすぐ後の事だった。

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