第七章
第117話 電脳空間(サイバースペース)の少女
呼び出し音が鳴ったのは、丁度あたしが新作ゲームのチュートリアルを終えたときだった。
新作と言っても、地球では十二年前に出たゲームだけどね。
だってしょうがないよ。
太陽系から、タウ・セチ恒星系まで光のスピードで十二年かかるんだから……
ゲームは、プレイヤーが陰陽師になって式神を操り、平安京を荒らす妖怪変化を退治するという、よくある内容のソーシャルゲーム。
本物の陰陽師であるあたしから見たら笑っちゃう内容。でも、ゲームキャラクターが可愛いので楽しみにしていたというのに、なんなのこの無粋な呼び出し音は?
しばらくして、あたしの眼前にメッセージが現れた。
『
バックレようかな?
いやいや、んな事したら、またガキ扱いされる。
あたしの年齢は、この
ここでは、どれだけ時間が経過しようと、プリンターで出力されない限り、あたしの年齢は進まないのだ。
だけど、あたしは精神的には大人だ。
無駄に時間が経過しただけで、中身は成長していないなどと言う無礼者もいるが、あたしはもう大人だ。あたしがそう決めたのだから間違いない。
第三会議室に行ってみると、見知った面々が集合していた。
だけど、船長さんとかお偉いさんの姿がない。
いるのは、日頃あたしが、
内輪だけの話し合いなのかな?
いや、それなら『出頭せよ』なんて言い方はしない。
だふん、会議はすでに終わっていて、お偉方は退室した後。すでに決定したことを伝えるためだけに、あたしは呼び出されたのだろうな。
「いや、面目ない。まさか、俺が裏切って帝国に付くなんて……」
金髪頭の兄ちゃんが、柔和な顔立ちの兄ちゃんに、手を合わせて謝っていた。
謝っているパツキン兄ちゃんは、カルル・エステス。名前で分かるとおり、日本人じゃない。金髪は、染めているのでなく地毛だ。
「気にするなよ、カルル。おまえの責任じゃない。あくまでも、出力されたおまえそっくりの他人の仕業だ」
謝られていた方の、柔和の顔立ちのお兄ちゃんは
なのに、この二人のデータから出力されて惑星に降ろされた
なぜ、こんな事になってしまったのか? 当の本人たちも、分かっていないらしい。
でも、あたしには何となく理由が分かる。
そもそもこの二人が仲良くしていたのは、生存競争のない
「カルル。本当に思い当たることはないの?
そう言ったのは、チャイナドレス姿の姉ちゃん、
この、香子姉ちゃんが、あたしを……いや、あたしたちを
あたしも含めて誰も、こんな事になるとはつゆ知らず、自分の身体をスキャナーで読み取らせてしまった。
いや、こうなると知っていても、たぶんあたし達はモニターを引き受けただろうね。
だって、三人ともあの時はお金に困っていたし……あの時はカルルも海斗お兄ちゃんも、失業中。あたしはソシャゲに課金しすぎて、早く何とかしないと親にスマホを取り上げられる寸前だった。
ソシャゲのギルドマスターをやっていた香子姉ちゃんに相談すると、高額報酬のモニターバイトを紹介された。
その結果、
カルルや海斗お兄ちゃんが言うには、あたし達は本体によって売りとばされた電脳奴隷のようなものらしい。
まあ、奴隷というほど待遇は悪くないけどね。
それはともかく香子姉。『思い当たることはないの?』ってカルルに聞いているけど、自覚ないんだね。自分が原因だって……
「お! ミク。やっと来たか」
カルルが、あたしの頭を撫でようとして手を伸ばしてきた。あたしは、その手をサッと躱す。
「おい」
「あたしの頭は、あんたに撫でられるためにあるのではない」
そう言って、あたしは海斗お兄ちゃんの手を取ってあたしの頭に乗せた。
「お兄ちゃんに、撫でられるためにあるのだ」
「いや……そう言われても……」
海斗お兄ちゃんは困惑の表情を浮かべているけど、きっと内心嬉しいのだろう。
美少女の頭を撫でられるのだから……
「やっぱり、ミクちゃんに頼むのは、よした方がいいかしら?」
香子姉ちゃんが疲れたような顔で言う。
なに? なに? あたしに何か頼みごと?
「しかしなあ、他に誰を送るんだ? 一つの惑星上に、同じ人間を同時に複数送り込むのは、好ましくないと言われているんだろ。だから、海斗も香子も俺もだめだ。それに、カートリッジを節約するために、なるべく体重の少ない者を選べと言われている。ミクが適任じゃないか」
カルルの話だと、なんかあたしを惑星に送り込むみたいだけど……
「香子姉。あたしに何か頼みがあるの?」
「ねえ、ミクちゃん。この前、生データから作った海斗の複製を、惑星に降ろしたのは知っているわね?」
「うん。知っているよ。だけど、誰かさんが、シャトルを撃墜しちゃったんだよね」
「う」
カルルの顔が、罪悪感に歪む。
「海斗は、生データから再生されたから何も知らないのよ。だから、ミクちゃんを再生して、下に行って今の状況を海斗に伝えてきて欲しいのよ」
「なあんだ、そんな事。いいよ。でも……」
あたしは香子姉の耳元に口を寄せ、兄ちゃんたちに聞こえないよう小声で囁いた。
「あたしが、お兄ちゃんと地上でラブラブになっても恨まないでね」
あたしがそう言うと、香子姉はしばしの間、呆気にとられていた。
次の瞬間、香子姉はクルっとあたしに背を向ける。
その背中は小刻みに震えていた。
ふん! 声を殺したって、笑っているって分かるよ。
でも、プリンターで出力されたら、あたしだってすぐに成長して良い女になるのだから……
今、笑ったことを、その時に後悔するがいい……
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