第116話 ネクラーソフ将軍に告ぐ

『ネクラーソフ将軍に告ぐ。シーバ城の地下に強力な爆薬を仕掛けた。その威力は城を一撃で吹き飛ばす威力がある。我々の目的は、城の地下に隠されている核兵器の回収阻止。大量殺戮は本意ではない。よって、貴殿らには逃走の機会を与える。一時間以内に城から少しでも離れられよ。


                     北村海斗より』


 警告文はこんなものでいいかな? 


 これを帝国語に翻訳したビラ五百枚をドローンからばらまいたのは、ダモンさんから、人質奪還の連絡を受けた直後。


 二十分ほどしてから、ドローンで城の様子を見たが、逃げ出す様子はない。


 警告を信じなかったのだろうか?


 不意にPちゃんのアンテナがピコピコと動いた。


「ご主人様。カルルから通信です」

「カルルから?」

「というより、カルルに鹵獲されたドローンからですが」

「あいつ、あのドローンまだ持っていたのか」


 しかし、通信できるだけの元気がよく残っていたな。


 だが、PC画面に現れた顔はカルルではなかった。


「ネクラーソフ将軍!?」

『ほう。そっちはワシの顔が見えるのか。こっちは音声だけだが』

「なぜ、あんたが?」

『使い方は、エステス君から聞いていた』

「それで、用件は?」

『警告文は受け取った』

「信用できないとでも?」

『いや、真実だと思っている。現に逃げ出す準備をしているところだ。ただ、一つだけ分からん事があったのでな。なぜ我々を逃がそうと思った? 大量殺戮をする事に怖気づいたか?』

「ダモンさんに、頼まれたからさ」

『ダモン先生が? なぜ』

「あんたは、ダモンさんに敬意を払っていたな。でも、ナーモ族を差別しない人間って、帝国では少数派じゃないのかい?」

『確かに、帝国ではワシは変わり者だ。だが、自分で言うのもなんだが、ワシは善良ではないぞ。命を助けた事に、恩義を感じるなどと期待などしても無駄だ』

「そんな期待はしていない。だが、帝国とはいつか講和しなければならない。その時の交渉相手に、今死なれては困るというのがダモンさんの理由だ」

『買いかぶられたものだな。ワシは帝都に戻れば、確実に失脚する。講和の席に出て来れるほどの地位など無くなるわい』

「あんたは、これで終わる人じゃないと思っている。講和の時までに、這い上がってくるよ」

『小僧。老人に、あまり無理をさせるな。しかし、今回はありがたく逃げさせてもらう。だが、覚えておけ。ワシは、交渉相手としては手強いぞ』

「それでも、殺しあうよりはいいと思う」

『そうか。では、達者でな』


 通信は終わった。ドローンからの映像を見ていると、脱出が始まったようだ。


「さて、僕らも行くか」


 車を出発させた。


「ご主人様。私達だけのドライブって、なんか久しぶりですね」


 Pちゃんは、妙にうれしそうだった。


「そうだね」

「どうでしょう? このまま、関所を素通りしてミールさんもキラも置き去りにするというのは」

「それはダメ。てか、なぜ置いてきぼりにする? 二人とも仲間だろ」

「キラはともかく、ミールさんは、ただの仲間ですか?」

「どういうこと?」

「ご主人様は、やはりミールさんを、好きになってしまったのですか?」

「う……どうなのかな?」

「はっきりして下さい。そういう優柔不断が、ご主人様の悪いところですよ」

「んな事いったって……」

「好きなら仕方ないですが、そうでないならミールさんは、置き去りにすべきです」

「だから、なぜ、置き去りにする?」

「ミールさんは、ご主人様が好きなのですよ。でも、ご主人様にその気がないなら、きっぱりフルべきです。その気もないのに、素振りだけ見せる方が残酷です」

「う……それは……」

「道案内なら、私だけでも何とかなります。さあ、置き去りにしましょう」

「却下!」


 しかし、置き去りにされたのは、僕達の方だった。関所には、ミールもキラもダモンさんもいなかったのだ。


「なんで?」


 茫然としていると、背後で物音がした。


 振り返ると、幼女がそこにいる。


 ダモンさんの娘?


「お嬢ちゃん。お父さんたちは、何処にいるの?」

「カイトさん。あたしです。ミールです」

「え? それ……分身」


 スマホを出して、幼女に向けてみると、その姿は出現消滅を繰り返していた。


「ダモン様の娘さんに、分身を作ってと、せがまれまして」

「そうか。で、君は今どこにいる?」

「それが、カルカへ向かう途中でして」

「カルカへ? だって車は」

「あたし達は、ベジドラゴンで移動中です」

「なんで、僕を待ってくれなかった?」

「分かりませんよ。ダモン様が、突然、カルカに大急ぎで行かなきゃならないと言いだして、この分身だけをメッセンジャーとして残して、あたし達全員をベジドラゴンに乗せて出発したのです」

「なぜ?」

「分かりません。もう、ダモン様も、何を考えているのか。とにかく……」


 幼女は車に駆け寄り、助手席に乗り込んだ。


「追いかけて下さい。一刻も早く」


 自分の娘でもない幼女を、助手席に乗せて車を走らせる男。


 日本だったら通報されかねない状況だな。


「ご主人様。カルカまで水素が持ちません。どこかで燃料を手に入れないと」

「そうか。ミール、この先にガス田とかない?

「それなら、大丈夫です。カイトさん」

「どうして?」


 僕の問いに、幼女は無言で空を指差した。


 見ると雲間から、日の光が射している。


 いわゆる天使の梯子。


「雨季は、終わったようです」


 久々に射す日の光を浴びながら、車はカルカに向かってひた走っていた。





(第六章 終了)

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