第115話 二百年前の恋
「いいでしょう。爆破の一時間前に警告を下します。それ以上時間を与えると、爆弾を処理される恐れがあるので」
「ありがとう。それと、君にいくつか聞きたい事があるのだが」
「何でしょう?」
「ミールに聞いたのだが、君は二百年前の地球人から、複製された人間だそうだね? そして、この惑星には、君より先に再生された君がいるとか……」
「カルルの話では、そのようです」
「つまり、この惑星にはカイトという人間が二人いる事になるわけだが、この二人は魂も共有しているのかね?」
魂!? 考えてもいなかった。どうなんだろ? そもそも、一つの魂で複数の身体を操れるものだろうか?
正直、分からんというしかない。
「ううん……魂の事は、神様にしか分からないと思いますが……ただ、コピー人間は姿形が同じでも、それぞれは別人だと思っています」
「そうか。それで、もう一人の君に会った事があるのか?」
「ありません。本当にいるのかだって分からない」
「では、すでに死んでいる可能性もあるのだね?」
「ああ、それは考えてなかったけど……でも、そういう事もありえますね」
ダモンさんは、しばし考え込んでいた。
いったい、どうしたのだろう?
急に、ダモンさんは、何かを探すかのようにキョロキョロと周囲を見回した。
「ところで、ここに、キラ・ガルキナが来ていると聞いていたが……」
「え? キラなら……あれ?」
さっきまで、ここにいたのに……
「Pちゃん。キラは?」
「あそこにいます」
Pちゃんは、車の方を指差した。助手席の扉が、半ドアになっている。
どうしたんだ?
ドアを開くと、キラはこっちに尻を向けて蹲り、ガタガタと震えていた。
「キラ!? 気分でも悪いのか?」
「ち……違うぞ……」
「何が?」
「私は、ただサボっていただけだ」
いや……サボっている事は、決してほめられたことではないのだが……
「違うぞ! ダモンが怖くて、隠れているのでは、ないのだからな……」
あ!
そういえば、以前キラはダモンさんに、こっぴどく怒られたとか……
しかし、この怯えようは、尋常じゃないな。
あの温厚なダモンさんを、ここまで恐れるなんて……
いや、普段は怒らない人を怒らせると怖いと聞いた事あるけど、ダモンさんもそういう人なのかな?
どっちにしても、誤解なんだから、もう怖がる必要ないのに……
「いいから、出てこい」
「嫌だあ! 怖……いや、働きたくない」
「ニートみたいな事言ってないで、出てこい」
「出たら、負けだと思っている」
「出てこないなら、引きずり出すぞ」
「嘘だあ! 女に甘いお前が、そんな事するはずがない」
いくら、僕が女に甘くても、そのぐらいはするぞ。
ただ、それをするとキラの身体に触れなきゃならないし、そうすると、後でPちゃんとミールにゴチャゴチャ言われそうなので、できればやりたくないが……あ! この手があった。
「キラ。確かに、僕は女の子に乱暴はしない主義だ。しかし、君が今蹲っている席は、どこだと思っている?」
「え? 助手席だろ。それが何か?」
「助手席は、ミールの専用席だ。ミールが戻ってくる前に、そこをどかないと……」
「うわ! 気が付かなかった」
キラは、転がるように車から出てきた。転がった先に、ダモンさんが立っていた。
「キラ・ガルキナ。この前は……」
「ひいい!」
ダモンさんのセリフが終わらないうちに、キラは悲鳴を上げて僕の背後に隠れた。
ていうか、しがみ付くな!
「キラ・ガルキナ。そう怯えないでくれ。この前は、怒ったりして済まなかった。ちゃんと君の話を聞いていれば、良かったのだが、私も帝国語には不慣れなものでな」
キラは、恐る恐る僕の背後から顔を出した。
「あの……怒ってないの……ですか?」
「ああ。謝らなければならないのは私の方だ。ネクラーソフに騙されたとはいえ、君には済まない事をした。許してほしい」
「そんな……許すなんて……そもそも私が地図を盗られたりしなければ……」
「いやいや、上司にそんな事をされるとは、思いもしなかっただろう」
ようやく、安心したのか、キラは僕の後ろから出てきた。
「分かってもらえれば、私は構いません」
「そうか。ところで、キラ・ガルキナ。私は今からミールを連れて女房の救出に行くのだが、手が足りないので君も来てくれないか?」
え? 僕には来なくていいと言ったのに……ひょっとして女手が必要なことでもあるのかな?
「え? いや、私は帝国を裏切るようなことは、してはならないと……」
「ミールには、私から話しておく。だから、先にミールのところに行っていてくれないか」
「はあ、分かりました」
キラは、森の中へ入って行った。
ダモンさんが、僕に向き直る。
「さて、もう一つ君に、確認しておきたい事があるのだが」
「なんでしょう?」
「君は、ミールの事を、どう思っているのだ?」
「え? え? え?」
「あの娘は、君との結婚を望んでいるようだが……」
「いや……その……ミールの事は好きですが……結婚はその……」
「分かっている。二百年前の世界から飛ばされてきて、今は、まだ結婚どころではないと思っているのだろう」
「まあ、そんなところです」
「だが、結婚を躊躇するのは、それだけかね? 君には忘れられない女性が、他にいるのではないのか?」
「は? そんな女はいませんよ。そもそも、この惑星でミール以外には……」
Pちゃんはロボットだし、エシャーは女の子だけど翼竜だし、キラは人間だけど、そういう関係になりそうにないし……
「私が聞いているのは、二百年前の世界での話だ。そこで出会った女性を、忘れられないのではないのかい?」
「はあ? 二百年前?」
二百年前に付き合った女は、高校時代の彼女だけ。
彼女の方から告白してきて、彼女の方からキスしてきて……そして彼女の方から別れを切り出された。
『あなたの中には、いつも別の女がいる』とか分けの分からない理由で……別の女?
そういえば、僕は彼女ができた事をSNSには書き込まなかった。
何度も書きこもうとしたけど、なぜか寸前で躊躇した。
その事を、見られたくない人がいたから……
香子!?
そうか! 書きこんだら、香子に真っ先に見られる。
だから、書き込めなかった。
僕は、香子が好きだったんだ。でも、ずっと言い出せなかった。
香子とは、ずっと友達以上恋人未満というぬるま湯のような関係が続いていた。
だけど、もし好きだと言ってしまったら、そのぬるま湯のような心地よい関係が壊れてしまうかもしれない。
それが怖くて、ずっと言えないでいた。
中学を卒業してから、香子が引っ越しで遠くに行ってしまい、会う機会が無くなった。
そして、高校でクラスメートから告白された時、僕は香子の事は忘れようと思った。
でも、忘れられなかった。
その事に、彼女は気が付いてしまったのだろう。
「確かに、僕は二百年前に好きな人がいました。でも、彼女はもう死んでいます」
「もう死んでいるというなら、君のオリジナルも同じだろう。彼女も君と同じ方法で、この惑星に来ていないと言い切れるかね?」
「……!」
そうだった! 香子と僕は、
香子も、再生されてこの惑星に降りているかもしれない。
「確かに、来ているかもしれません」
「では、ミールとの事は、彼女と再会してから、決めてみてはどうかな?」
「え?」
「君がミールと結婚してしまってから、彼女と再会でもしてしまったら、修羅場になるかもしれんぞ」
「う……」……それは、コワい……しかし……
「彼女が、本当に再生されたのか……再生されたとしても、どこにいるか……」
「カルカに、行きなさい」
「え? カルカ? だってあそこは……」
「もちろん、カルカの国は三十年前に滅びた。だが、その西に、同じ名前の小さな町がある。答えは、そこで待っている」
「え?」
どういう事だ? なぜ『待っているかもしれない』ではなく『待っている』と断言できる?
この人は、何か知っているのか?
「もう時間がないので、この話は後でしよう。私は今からベジドラゴンに乗って女房子供を助けに行く。君は城の爆破が終わったら、関所まで来てくれ」
そう言って、ダモンさんは森の中へ消えていった。
なんか、煙に巻かれたような…
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