第118話 流れ星に願いを
停車したトレーラーの上で、僕は星空を見上げていた。
あらためて眺めると、ここが地球じゃない事を実感させられる。
月が三つあるというもそうだが、星座の形が微妙にずれていた。
遠方の恒星は、それほど変化はないが、シリウスやプロキオンなど、比較的近い恒星の位置はかなりずれている。
この星々の中に太陽はないだろうかと、さっきから目を凝らして黄色い星を探しているのだが、さっぱり見つからない。
まあ、見えたところで今さら帰る事はできないし、帰りたいとも思わないけどね。
テーブルに手を伸ばしてグラスを掴んだ。
しかし、中に残っていたのは氷だけ。
軽く落胆……
「カイトさん、お注ぎします」
幼女が背を伸ばして、グラスに酒を注いでくれた。
「お! よく、Pちゃんに見つからずに持って来れたな」
「いや、これは関所の厨房に残っていた酒を、あたしがこっそり隠し持っていたのですよ」
八歳ぐらいの幼女が酒を隠し持っているなんて言うと、非行の始まりのように聞こえるけど、この幼女の中身はれっきとした大人……あれ? ミールって何歳だったっけ?
見かけは女子高生ぐらいに見えたが……
「ナーモ族は、何歳から酒を飲んでいいの?」
「十六からです。あたしは十七だから、お付き合いできますよ」
と言って、ミールはもう一つグラスを出して注いだ。
「いや、まてまて! 本体は十七でも、その分身体で酒を飲むのは……」
「大丈夫ですよ。分身は酒を飲もうが、毒を飲もうがなんともありません」
そう言ってミールは、グラスに口をつける。
「美味しい」
幼女が酒を飲んで『美味しい』と言ってる光景は、僕の中の倫理観が納得しないのだが……
「ところで、ダモン様が急いでカルカに向かった理由が分かりました」
「なんだった?」
「シーバ城を脱出した王妃と王子が、カルカの町に潜伏しているらしいのですよ。ところが、カルカの近くに帝国軍が来ているそうなのです。帝国軍の目的はわかりませんが、とにかく急いで二人を見つけて、もっと安全なところへ逃がそうという事でした」
そういう事だったのか……しかし、それならダモンさんが僕と別れる前に『カルカへ来い』と言ったのは、どういうことだったのだろ?
「ご主人様。ミールさん。何をしているのです?」
ギクゥゥゥ!
いつの間にか、Pちゃんがトレーラーの屋根に上がってきていた。
「や……やあ……Pちゃん。星見酒だと言ったろ」
「私が用意したお酒は、もう飲み終わった頃だと思いますが」
ちなみにPちゃんが用意した酒は、グラスに目いっぱい氷を詰め込んで酒を注いだもの。
酒に氷が入っているというより、氷の隙間に酒があるといった感じだ。
こんなので酔えるか!
「そ……そんな事はないぞ……ゆっくり飲んでいたから……」
「明日の朝になって、
「少しぐらい、いいじゃないですか。融通の利かないお人形さんですね。カイトさんは疲れているのですよ。出発は昼ごろにしても……」
「ミールさん。その分身体は、あとどのぐらいもつのですか? 確か、明日の朝出発しないと、分身体が消えるまでに、カルカに到着できないのでは?」
「う……そうでした」
「おい、ミール」
突然ミールは僕の手からグラスを奪い取り、中身を一気に飲み干してしまった。
「カイトさん。カルカの町で美味しいお酒を用意して待っていますから、今は我慢して下さい」
「ああ……そうするよ……」
と言いつつ、ミールが飲みかけていたグラスに手を伸ばす……
あかん! Pちゃんに先に取り上げられた。
そのまま、酒はPちゃんの口の中に消えていく……
ていうか、ロボットのくせに飲めるのか?
「Pちゃん。飲んで大丈夫なの?」
「当たり前じゃないですか。某宇宙アニメのセクハラロボットのように、酔っぱらうとでも思いましたか?」
「いや……故障とかするのではないかと……」
「大丈夫です。私は完全防水ですから」
「それで飲んだ酒は、どうなるのかな?」
「いつでも体外に排出できますが、飲みたいですか?」
「い……いらない!」
いかん! 恐ろしいことを想像してしまった……ん?
夜空に強い光が……流れ星?
思わず僕は、流れ星に手を合わせていた。
「酒が飲めますように。酒が飲めますように。酒が飲めますように」
よし! 消える前に三回言えた。
「カイトさん。何をしているのですか?」
ミールが不思議そうに僕の方を見ている。
「いや、なに。地球のお呪いだよ。流れ星が消える前に三回願い事を言うと、願い事がかなうと言う……」
「なんですって!? それでは」
ミールも流れ星に手を合わせる。
「カイトさんと結婚。カイトさんと結婚。カイトさんと結婚」
いや、そういう願いは、本人に聞こえないように……ひょっとして、僕はプレッシャーをかけられているのか?
それにしても、しつこい流れ星だな。
まだ消えない。
ていうか、だんだん大きく……これって、まさか!?
「隕石!?」
「え? 隕石なのですか?」
「いかん! 逃げるんだ!」
僕はトレーラーから飛び降りた。
「ご主人様! ダメです!」
Pちゃんが止めるのも聞かず、僕は運転席へ駆けこむ。
そして……
言うまでもない事だが……鮭鮫鱈鯉システムを発動させてしまい、その夜、僕は延々と反省文を書く羽目になった。
ちなみに、隕石は僕らの頭上を通り過ぎていっただけだった。
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