番外編
第18話 モニターに応募したら、異世界に行ってしまった。
おもむろに目を開く。
あれ? ここは何処だ?
見覚えのない部屋?
スキャナーの中で眠りこけて、別室に運ばれたのか?
直径二メートル、高さ二メートルほどの円筒形の部屋の床に僕は横たわっていた。
壁は真っ白なプラスチックのようだ。
振り返るとそこにドアがあった。
ノブは簡単に回る。鍵はかかっていないようだ。
そうっと開いてみると……
パン! パン! パン!
わ!! なんだ!?
ドアの向こうには、クラッカーを持った人たちが待ちかまえていた。
クラッカーを鳴らしたという事は、僕は歓迎されているようだが……
「ようこそ。新たな仲間よ。あなたを歓迎します」
そう言って進み出たのは、チャイナドレス姿の若い女。
顔はサングラスとマスクで隠している。
しかし、どっかで会ったような……
誰だったっけ?
部屋の中を見回すと、さっきのチャイナドレスの女の他に、小学生ぐらいの男の子、中学生ぐらいの女の子、それに若い金髪の男。
この共通点の見当たらない人たちは?
「あの……あなた達は、何者なんです?」
「もっともな質問ですね。あなたは、ここをどこだと思っていますか?」
「さあ?」
分からないから、聞いているんだが……
窓の方に目を向けたが、カーテンがかかっていて外は見えない。
中学生ぐらいの女の子が、それに気が付いたのかカーテンを開いてくれた。
「な!?」
窓の外には、西部劇にでも出てきそうな荒野が広がっていた。
その、荒野を恐竜のような生物がのし歩いている。
窓に駆け寄ってガラス戸を開いてみたが、映像の類ではない。
バカな!! ここは東京のど真ん中のはずだぞ!!
「ここは? いったいどこなんだ!?」
「見ての通り異世界です」
そう言ったのは、カーテンを開いてくれた少女。
「異世界って?」
「異なる世界」
「そんな事は分かる」
「遙か過去の世界、遙か未来の世界、遙か彼方の惑星、パラレルワールド、魔界、霊界、異次元の世界、その他もろもろ。どれが好みですか?」
いや、異世界の好みなど聞かれても困るんだが……
「この世界は、その中のどれなんだ?」
「さあ? あたしも、いきなり連れてこられただけだし……」
「それにしちゃ、随分落ち着いてるな」
「もう慣れちゃったし。それに結構楽しいよ」
「楽しいのか?」
「だって、ここには学校もないし、毎日遊んでいても怒られないし」
背後から肩を掴まれた。
振り返るとチャイナドレスの女だ。
「詮索するだけ無駄よ。どうせここから出られないのだから……」
「なぜだ?」
「私たちが、いつからここにいると思っているの? ここから出ていく方法なんて、思いつく方法はすべて試したわ」
「だからって……」
「諦めなさい。諦めてここに順応した方が楽よ。それに元の世界に戻る価値なんかあるの?」
「それは……」
『ある』とは、とても言えなかった。仕事は失い、再就職の当てもない。
友達も彼女もいない。
でも……誰か、会いたい人がいたような……
「おいおい。そろそろ、教えてやってもいいんじゃないか? ここがどこか」
そう言ったのは、さっきから黙っていた金髪の男。
染めているのではなく、地毛のようだ。
しかし、日本語には、まったく訛りがない。
「とりあえず、自己紹介するぜ。俺はカルル・エステス。見ての通り日本人じゃない。これから、長い付き合いになるから、よろしくな。北村海斗君」
「よろしく。てか、僕を知ってるのか?」
「そりゃ知ってるさ。なんせ、ここは異世界なのに、なぜかインターネットは繋がるんだよな」
カルルは、ニヤニヤしながら言った。
「つまり、会いたい奴に、ここからメールを送ることも……うぐ!」
突然、チャイナドレスがカルルの口を押えた。
どうしたんだ? ん?
少女が僕の袖を引いていた。
「どうしたの?」
「あのね、お姉ちゃんを怒らないであげてね」
怒る? なんで僕が怒らなきゃならないんだ?
あ! そういう事か……
僕が、会いたかったのは……
でも、あいつとは、ここでも会えるようだな。
僕は、カルルを押さえつけているチャイナドレスに歩みよった。
「元の世界に、会いたい人がいるんだ」
「え?」
彼女は、僕の方をふり向く。その隙にカルルは彼女の手を逃れた。
「でも、ここでも会えるみたいだね。香子」
顔をマスクとサングラスで隠していた、という事は逆に言うなら僕が顔を知っている人間という事だ。となると、考えられる人間は一人しかいない。
香子は観念して、サングラスとマスクを外した。
「分かっちゃった?」
「分からいでか。なんで、顔を隠していた?」
「海斗……怒っているかな? と思って。こんなところに、呼び出しちゃって……」
「怒ってないから、とにかく説明してくれ。ここはどこなんだ?」
* * *
いや、聞かなくても分かるだろ。もう一人の僕よ。
ヒントは、スキャナーに掛けられる前に聞いていただろ。
「まだ、分からないのかな」
「本当は、分かっているのかもしれませんよ」
そう言って白衣の女は、パソコン画面の中で香子を問いただしている僕の分身を指さした。
「分かっていても、認めたくないものなのですよ。自分がデータだけの存在だなんて」
「そう言うものなのかな?」
あそこにいる僕には、スキャナーに掛けられる寸前の記憶しかない。
つまり、あいつの認識ではスキャナーに掛けられた直後、異世界に突然行ってしまったようになっているのだ。
実際には、僕は異世界なんかには行ってなどいない。
スキャナーにデータを取られた後、僕は元の部屋に戻って無事に報酬の五十万円を受け取った。
そのまま、帰ってもよかったのだが、取られたデータがどうなるか見ていかないかと彼女に誘われたのだ。
そんな訳で、僕は今パソコン画面越しに
「私の妹も、最初は、かなり取り乱しましたからね」
妹?
「だから、せめてインターネットに繋がるようにしてあげたら、それ使って友達を呼び込んじゃったのよ」
「あんた……香子のお姉さん!」
どっかで会ったような気がしていたんだが……
「やっと思い出したのね。海斗君。ちなみに現実の香子は、君に勧誘メールを送ってなんかしてないわよ」
「それはよかった。本人に電話で確認なんかしなくて」
「あら? 電話したら喜んだかもよ」
「どうして?」
「鈍いわね。なんで、妹の分身が
「からかわないで下さいよ」
「からかってなんかいないわ。あなたはどうなの?」
「どうって?」
「好きなの? 香子のこと?」
「ええっと……」
結局、僕ははっきりとした返事を言わず、逃げるように帰って行った。
でも、これって自分の分身を奴隷商人に売ったようなものではないかな?
自分の状況を知ったらあいつは、後になって僕の後頭部をどつきたいとか考えるかもしれないな。
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