第17話 カルル・エステス

「僕を知ってるのか? おまえ、誰なんだ?」


 合成音をやめて、直接音声に切り替えて話した。


『分からないのか? 俺だよ。俺』

「オレオレ詐欺師に、知り合いはいない」

『オレオレ詐欺? そうか。昔の日本には、そんな犯罪者がいたな』

「それに、お前、ヘルメットで顔を隠しているじゃないか?」

『そうだったな』


 男はヘルメットをはずした。


 短く刈り込まれた金髪、堀の深い顔。


 欧米人のようだ。


 歳の頃は二十代後半から三十代前半に見える。


「おまえは!?」

『どうだ。分かったか』

「誰だっけ?」


 男は、盛大にこけた。


 いや、すまん。マジに覚えがないんだよ。


 大学でも、会社でも、欧米人と絡んだことないし……


「ご主人様チャンスです。ヘルメットを外している今なら、バルカンが通用します。撃っちゃいましょう」


 いや、それはあまりにも卑怯だろ。


 当然、Pちゃんの提案は却下。


 そもそも、こいつから聞きたいことを何も聞いてない。


 男は、ようやく立ち直って話を再開した。


『覚えてないのか? 俺だ。カルル・エステスだ』

「カルル・エステスだって?」

『思い出したか?』

「いや、全然知らん」


 カルルは、顔を引きつらせた。


 怒ったかな? しかし、知らんものは知らんのだ。


『海斗。おまえひょっとして、スキャナーで読み取られた後の記憶がないのか?』

「え? どういう事だ?」

『つまりだな、お前の感覚では、スキャナーの中で眠って、気が付いたら宇宙船の中にいたんじゃないのか?』

「そうだが?」


 コピー人間なんて、みんなそうじゃないの?


『なるほど。そういう事か。それじゃあ、俺の事を知るはずないな』


 なんだこいつ? 一人で納得して。


『お前は、俺と出会う前のデータから作られたようだ。だが、それならますます俺と手を組んだ方が得だぞ。それとも、俺の手で殺されるかい?』


 なに? 脅迫か?


「忘れてないかな? 今現在、生殺与奪権は、こっちにあるんだけど」

『バカか。ドローンのちっぽけなバルカンで、俺の防弾服を貫けるとでも思ってるのか?』

「思っていないよ。でも、お前今ヘルメット外しているじゃん」


 カルルは、慌ててヘルメットを被った。


『こ……これでどうだ?』

「確かに、それならバルカンは通じないね。でも、このドローンには、自爆用にC4プラスチック爆弾が入ってるけど、その防弾服で防げるかな?」

『C4!?』


 カルルは、スタスタとバイクに歩み寄る。


 バイクのハンドルを掴み、こっちを振り向いた。


『今回のところは挨拶という事にしといてやる。次に会う時までに、さっきの話の答えを考えておいてくれ。じゃあ』


 え? じゃあって……


 そのまま、カルル・エステスはバイクに飛び乗った。


 だが、正面に菊花が回り込む。


「お待ちなさい。なに、勝手に帰ろうとしているのですか? ぶっ殺しますよ」


 これこれPちゃん。女の子が『ぶっ殺す』なんて言っちゃいけない。


 一方カルルは『ちちい。気づきやがったか』と言いたげなそぶりをしている。


『もう一人いたのか。海斗なら、この手で騙せたんだがな』


 やっぱり、こいつ殺そうか。


 菊花は、バイクのハンドル上でホバリングした。


『その声は女の子だな。嬢ちゃん、女の子が『ぶっ殺す』なんて言っちゃいけないぜ』


 その意見は同意する。


『人の命というのは、尊いものなんだぞ』


 おまいが言うな!


『それに、ここで俺を殺したら、あんた一生トラウマで苦しむぞ』

「その心配はありません。私は人工知能AIです」

『ロボットかよ』

「ご主人様に危害を加える者は、ぶっ殺すようにプログラムされています。それはアシモフの三原則に優先しますので、そのつもりでいて下さい」


 誰だよ? そんなコワいプログラム組んだのは……


『分かった』


 カルルはバイクから降りた。


「あなたは、ご主人様にとって有益な情報を持っていると判断したからこそ生かしているのですよ。その情報を提供する気がないなら、あなたの命には蛆虫ほどの価値もないのです。いいですね?」


 いや、それちょっと、ひどくね……?


『で、何が聞きたい?』

「ご主人様。質問をどうぞ」

「さっき言った事は、どういう意味だ? スキャナーで読み取られた後の記憶って?」

『スキャナーにかけられる前に、説明がなかったか? 読み取ったデータは、電脳空間サイバースペースで仮想人格として使うと』

「確かに聞いたけど。それが何か?」

『スキャナーで読み取られた人間のデータは、ほとんど、読み取られて直ぐに電脳空間サイバースペースで再生されたんだ。俺も、お前もな』

「なんだって?」

『お前を、誘った鹿取香子もそこにいた』


 香子も……?


『他にも、大勢の仲間がいた。俺たちは、そこで何年も何十年も、老いる事もなく暮らしていた。スキャナーで読み取られた後の記憶とは、そこで暮らした記憶という意味だ。俺は、そこで過ごしていたデータからプリンターで再生された。お前に、その記憶がないという事は、お前はスキャナーで読み取られただけの生データから作られたのだろう』


 Pちゃんの方を見た。


「奴の言ってる事……、その……データを取られた人間達が、電脳空間サイバースペースで暮らしていたって本当か?」

「事実です」

『ある日の事、近郊恒星系に亜光速探査船を送り込む計画が立てられた。ただし、生身の人間は乗せられない。そこで俺たち電脳空間サイバースペースの住民から千人が選ばれて、探査船のコンピューターに移された。そして、この惑星の上空で何人かが再生され、地表に降ろされた。俺もその中の一人さ』

「じゃあ、おまえは、この恒星系がどこなのか知っているのか?」

『なんだ、そんな事も……そうか。聞く前にメインコンピューターが破壊されたんだったな。ここは、くじら座のセチ恒星系だ』


 タウ・セチ! たしか、太陽系から十二光年の距離だったはず。


「僕の他にも……僕はいるのか?」

『どういう意味だ?』

「その、北村海斗のデータから作られたコピー人間は?」

『そりゃあ、いっぱいいるさ。もっとも、この惑星で再生されたのは、俺の知っている限りではお前さんで二人目だ。ただし、生データから再生された奴はいない。電脳空間サイバースペースである程度、経験を積んだデータを再生するのが普通だからな』

「そうなの?」

『何も知らない生データを再生したら、混乱して発狂する危険がある。お前は、よく平気だったな』

「あんまし、平気ではなかったけど。しかし、それなら、なんだって生データを再生したりするんだ?」

『さあな? だが、一つだけ思い当たる事がある。もし俺の思った通りだとしたら、お前はリトルトウキョウには、近づかない方が身のためだぜ』

「どういう事だ?」

『北村海斗が……お前より先に再生された方の奴だが、そいつが重症を負ったという情報がある。もしかすると、臓器移植の必要があるのかもしれん』


 臓器移植? その臓器って? まさか!? 僕は、そのために再生されたのか?


『言っておくが、それはあくまでも俺の推測だ。だが、生データを再生する理由としては、それが一番考えられる』


 もし、そうだとすると、僕はリトル東京に行ったら、臓器を抜かれて殺される……?


『どうだ? さっきの話、考えてみないか?』


 どうすればいいんだ?


 このまま、カルルに付いて行くか?


 いや、こいつは信用できない。


 仮に臓器移植のためだったとしても、こいつに付いて行くと、ろくなことにならないような気がする。


「それはやめておく。おまえは信用できない」

『そうかい。まあ、気が変わったら、いつでも言ってくれ』


 気は変わらないと思う。


『すまねえ。ちょっと、タバコ吸って良いかい?』


 タバコ? 僕は吸わないから分からないが、喫煙者は吸わないでいるのが、そうとう辛いらしいのは知っている。とは言っても、近くで吸われたら臭くてかなわない。


 まあ、ドローンを通じて匂いが伝わってくるわけじゃないからいいかな。


 と、言おうとしたとき、Pちゃんが先に口を挟んできた。


「だめです。タバコは身体によくありません」


 さっきは、こいつを『ぶっ殺す』と言ってなかったかい?


『おいおい、俺の身体なんだから、おまえに心配される言われはないだろう』

「誰が、あなたの身体の心配なんかしますか。あなたが、肺がんで死のうが、肺炎で死のうが、動脈硬化で死のうが、私の知ったことではありません。ですが、あなたのタバコから排出された、汚らわしい汚染物質がこっちへ飛んできて、ご主人様が吸い込んだら、どうしてくれるのですか。もし、タバコを吸わなきゃ死ぬというなら、今すぐ私が殺してあげます」


 おいおい……二百五十キロも離れていれば、受動喫煙の心配はないだろう……


『おい。海斗……このロボットに、何とか言ってくれよ。友達じゃないか』

「いや、おまえと友達になった覚えは無いが……」

電脳空間サイバースペースの中では、俺と海斗は友達だったんだよ。きっと、おまえとも友達になれるって』

「僕が乗っているシャトルを落としておいて、友達になれるとでも……」

『それはだな……』

「それに、僕は『友達』という言葉を、軽々しく使う奴は信用できない」

『……』

「まあ、いいよ。タバコぐらい吸っても。友達にはなれないが」

『ありがたい』


 カルルは、懐に手を入れた。


「ご主人様。タバコなんかに、消費される酸素がもったいないです」

「少しぐらいいいだろ」


 突然、画面が真っ暗になった。


 何があったんだ?


「ご主人様。ドローンとの通信が切れました」

「なんだって?」

「ジャミングされています。カルルは、ジャマーを使用したと推測されます」


 さっき懐に手を突っ込んだ時か。





 ドローンとの通信が回復したのは、それから五分後。


 その時には、カルルの姿はどこにもなかった。



(第三章終了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る