第2話 マルチスキャナー

 そして三日後、メールで指示されたビルに行ってみた。


 出迎えたのは、二十代後半ぐらいの白衣姿の女性。


 用件を告げると、ビルの中の一室に案内された。


 部屋のど真ん中に置かれた機械を彼女は指差す。


「この機械は、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーです」


 彼女が示したマルチスキャナーという機械は、MRIに似ていた。


 説明によると、そのスキャナーで人間の構造を読み取り、コンピューターの中に電子データとして取り込むらしい。


 そのデータは、しかるべき3Dプリンターがあれば人間一人再生できるほど詳細なものらしいが、もちろんそんな事ができるプリンターがあるはずがない。


 いったいそんなデータをなんに使うかというと、電脳空間サイバースペースでの仮想人格として使うそうだ。この会社としては、いろんな人間のサンプルがほしかったので、モニターサイトを使って人を集めていたらしい。


 ただ、応募すれば誰でもいいというわけではない。


 似たような人間……例えば二十代前半の日本人男性が何人も来たら、その中から何らかの特技を持っている人が選ばれるそうだ。


 しかし、いったい僕の特技の何が気に入ったのだか……


「つまり、電脳空間サイバースペースの中にもう一人の僕が入り込むと……」

「そういう事です」 


 彼女は一枚の書類を差し出した。


「さて、北村きたむら海斗かいとさん。理解していただけたら、こちらの同意書にサインをお願いします」

「一応、確認しておきたいのですが、危険はないでしょうね?」

「物理的な危険はありません」

「いったい、どういう方法で走査スキャンするんです? 超音波とかエックス線とか核磁気共鳴とかでも無理ではないかと。それに原子の位置は観測できないのでは……」

「あら? 詳しいですね。確かに原子の正確な位置は、不確定性原理があって観測できません。でも大体の位置はわかるので、そこは適当に補正をかけるのです」

「そうですか……それで、原子には何をぶつけて観測を……」

「それは、企業秘密なので、お教えできません」

「本当に、大丈夫でしょうね? 変な放射線当てられて、被曝するとかいう事は……」

「エックス線より安全です。心配ありません」

「しかし、それではこの報酬額は……」

「後で、法的な問題が生じるかもしれないんです」

「と……いうと?」

「このスキャナーは、あなたを丸ごとコピーするのです。記憶も含めて。この意味分かりますか?」


 記憶……? ……! という事は……個人情報がただ漏れ!


「あなたが隠しておきたい、心の中にしまってある秘密まで全部。昔の犯罪とか」

「ぼ……僕は何も悪いことは……」


 いや、してるな。


 運転しながらスマホでゲームしてたとか、酒に酔って店の壁に穴を空けてバックれたとか……


「昔のことだけでなく、今現在あなたが私を見てしているエッチな妄想とか……」

「してない!!」


 いや……ちょっとはしていたが……


「冗談ですよ。そんなムキにならなくても、それとも本当は妄想していたんですか?」


 これって、セクハラだよな。


「もちろん、あなたの個人情報を悪用することはありません。ただ、万が一の事がありますので、このモニターが終わったらキャッシュカードとかクレジットカードの暗証番号、それとネットで使うパスワードをすべて変更していただきます」

「うわ!! 面倒だな」

「今は、パスワードを何にするかは考えないでくださいね。考えた事がすべてコピーされるので」


 面倒だが仕方ない。これをしないと、家賃を払う当てはないんだ。


 僕は同意書にサインして装置に歩み寄った。


 装置の構造は本当にMRIとそっくり。


「では、このベッドに寝そべってください」


 言われたとおりにした。


「今からあなたの全身を走査スキャンします。十分ほどで終わります。脳を走査スキャンされるときに、眠気が生じてそのまま眠ってしまうかもしれませんが、害はありませんから心配しないでください」


 本当に害はないのか? 改めて不安になってきた。


 だがもう遅い。


 装置は動き出した。


 僕の身体は、ベッドごと丸い穴の中に運ばれていく。


 なんか頭が痒いような……これが脳を走査されている感覚なのだろうか?


 あれ? 急に眠くなってきた。


 そういえば、眠くなるって言われてたっけ……


(第一章 終了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る