007:二重遭難なんて
「『皮』ですか」
「はい、ドラゴンの皮です」
ドラゴンの皮やウロコは、特に鎧の材料として珍重される素材だ。
一昔前には比較的容易に手に入れることができたのだけど、事情が変わってしまったことがあって、この数年は以前の1/3以下の入荷しかなくなっているらしい。
「新しく編成される女性騎士団が身につける鎧に用いるというお話ですけど、必要な量はどのくらいなんですか? あ、ドラゴン何頭分に相当するかで教えてください」
皮の重さやらなめしたあとの枚数とかで言われてもわかんないからね。
「そうですね、ざっと見積もって、12……いえ、余裕を見て15頭分あれば」
「ド、ドラゴンを15頭ですか」
テイマーが使役するペットの中で、最強の存在がドラゴンなの。そのドラゴンでドラゴンと戦うとどうなるか。普通に考えれば戦力は互角だし、勝っても負けてもおかしくない感じだよね。
だけど実際には、ペットのドラゴンにはより効率的な戦闘を行うための訓練を積ませているし、戦闘中にはテイマーの強化魔法や治癒のサポートが受けられるから、ペットドラゴンの方が有利なことが多い、んだけども。
「それでも、3日で15頭というのはさすがにむりです」
むり、というか法外なお願いだと言ってもいいくらい。
裁縫師ギルドの人がドラゴン戦を知らないことは仕方ないし、騎士団からムチャな注文を押しつけられてしまったことには同情する。
するけど、むりなものはむりだ。
「そうですか……わかりました。無理なお願いをしてしまって申し訳ありません」
もう少し食い下がられるかもって覚悟してたんだけど、拍子抜け。
軽く頭を下げたのち、特に革鎧製作で高名なGM裁縫師のシオドアさんは帰っていった。
「う~ん、ちゃんとあきらめてくれればいいんだけど」
だけどこういうのって、なかなか杞憂に終わってくれないんだよね。
「聞きまして?パーティ5人全員遭難のウワサ」
「……まさかそれ、ドラゴン絡み?」
ここは、イシ・ロンデ市中心部に位置する
「ミント、飲むならちゃんと飲みなさい。いつもちびちびと舐めてるだけじゃない」
「だって、苦いし」
「なぜ頼むのかしら」
仕方ないじゃない。「いつもの」って言いたいんだもん。
「そんなことより、さっきの――」
「あなたのところにも依頼が寄せられましたのね?」
「じゃあ、
「ええ。いま市内にいるめぼしいドラゴンスレイヤーのところには、軒並み行っているようよ」
大勢に少しずつ狩ってきてもらえばなんとかなると思ったのかなぁ。
「死んだ……行方不明になっているのは、ローラが編成した急造チーム」
「ローラって、バードテイマーの?」
「ええ。彼女と、バードメイジ一人、テイマーメイジ一人、護衛の剣士が二人」
バードテイマーはその呼び名の通り、バードとテイマーの両方の技能を携えた万能職だ。最初にバードスキルで扇動して二体のモンスターを殺し合わせてから、生き残った一匹のトドメを自分のペットで刺すのが基本戦術。生き残りはまず瀕死状態だから、ほとんど労なく目的を達成できるわけ。
何か
「さすがにベテランのローラさんが組んだパーティだね。ドラゴン対策として最適のメンバーだよ」
「でも、失敗した」
「《エシ・ロスの地下広場》でしょ? 彼女があそこの話を知らなかったとも思えないけど」
「知っていれば避けられると言うものでもなくってよ」
「それは、そうだけど」
「そして、往々にして、そんなときの急造チームは、ソロよりマズいことになる」
息の合った連携が望めないのならば、それは『チーム』というより、ただ一緒にいるだけの『他人』と呼ぶ方がふさわしいかもしれない。
わたしや静里奈がソロで動くことが多いのは、以前に急造チームで痛い目に遭ったことがあるからなんだよね。いつか話す機会があれば話すけど。
「そうね、なんにせよ、ワタクシたちにできるのは、ローラたちの無事を祈ることだけよ」
「うん……そう、かもね」
☆★☆★☆★☆★☆★
次の日の朝は、雲一つない青空だった。今日はなにかいいことありそう。
そう思っていたわたしに届いた便りは、冒険者ギルド長からの至急呼び出し状だった。
「なにかいいことあると思ったんだけどな~」
ふくれっ面で明後日の方に視線を向けながら愚痴るわたしを見て、ギルド長はこれ以上ないほどに下手に出て、ご機嫌取りを始めてきた。
「そう言わないでくれよ。俺もさ、
「ローラさんってたしか、伯爵令嬢でしたよね」
「そのことだよ、さすがにわかってるな、ミント。上がね、ローラの救出チームを組めってさ」
「冷たいようですけど」
「わかってる。ギルドにも上にも、ローラが生きていると思ってるやつは一人もいないさ。ただ……」
「伯爵令嬢を必死で救おうと
「ってことだ」
わたしは深くため息をついたあと、ギルド長の目をまっすぐに見つめてはっきりと言った。
「ギルド長の立場には同情しますけど、急造チームでドラゴンに挑むような愚を犯すつもりはないです。ましてや、ローラさんチームが失敗している案件ですよ?」
繰り返しになるけど、ドラゴンハントに関しては国内でも指折りの存在だった彼女がやられたんだ。現在の地下広場の危険度はMAXと考えるべきだろう。
「だいたい、こうなったきっかけは、大公家です。突然の思いつきでドラゴンレザー・アーマーを揃えろって話。あれ、2週間後にある閲兵式にきれいどころを並べて諸外国に見栄を張るためでしょう? 笑いますよね。ここの騎士団に女はいないじゃないですか。なんです、2週間で0から編成される騎士団って」
「……わかった、そのへんにしとけ。大公家批判は聞かなかったことにしてやるから」
う~ん、ついつい頭にきて言わなくていいことまで言っちゃったよ。
「どうも。とにかくそういうことなので、わたしはおいとまします」
言って、ギルド長の返事も聞かずに宿に戻った。
これにはすぐあとで、激しく後悔することになる。
☆★☆★☆★☆★☆★
「え?
「なに、ミントっち聞いてないん?」
寝耳に水だよ。あの合理主義者の静里奈がなんで。
乏しくなっていた備品の補充に、故郷の魔法学校での
「昨日の夕方に店に来てさぁ『
「わけわかんないよ、どういうこと?」
「どうってもなぁ。アタシもさ、あんた繋がりでごひいきにしてもらってるけど、プライベートで付き合いがあるわけじゃないからね」
静里奈はわたしたち田舎者とはちがって、イシ・ロンデの名門魔術学校の出だ。
「まあ、そうだよね……あ、ナーディア。そのMPポーションも3本。違う違う、そこの右の特売品」
「今日もなかなかのお買い物上手だね。はぁい、毎度あり~」
さてと。ギルド長に話を聞きに行かないと。
「どういうことなんですか」
「個別の事案についての回答は致しかねるね」
「そういう無責任な官僚答弁はいいですから」
魔法屋の帰り道に静かに冒険者ギルドに殴り込みをかけたら、いきなり木で鼻をくくったような対応をされた。
関係ないけど、個別の事案だからこそ答えるべきだと思うんだけど、どう思う?
「ギルド長は
「そうですよね。自ら受けざるを得ないように追い込むだけですよね」
「キミたちは仲が悪いように見えていたが、実はそうではなかったのかな」
「いまそれ、なんの関係もないです」
「……ふぅ」
ギルド長はしばらくこめかみを押さえながら首を振っていたが、やがて観念したように言葉を漏らす。
「静里奈くんの実家のことは?」
「輸入品を主に扱っている大商会ですよね。政府御用た……しにもなっている?」
「さて、話はこれで終わりだ。引き取ってもらえるかな」
放り出されるようにしてギルドを後にする。
あのさ、こんなの、どうしたって腹の虫が治まるはずがないよ。
「もう、貴族もお金持ちも冒険者なんかやんな~~~~~!!」
真っ昼間の大通りで叫び声を上げる美少女がいた。
生まれたときから何一つ不自由なくぬくぬくと育ってきた連中が、生活に刺激がほしいとか考えて冒険者を始めるんだ。他に道がなかったわたしにすれば、腹立たしさしかない。
特にバードが気に入らない。
GM以上のバードはほぼ全員が高等魔術学校の卒業生だ。
わたしはそこに通えなかったし。
別に、バードになりたかったわけじゃないよ。
おばあちゃんだってテイマーだったし、小さい頃からずっとテイマーしか考えてなかった。
いつの間にか戻っていた宿屋の中で、バックパックに必要な荷物を放り込みながらも、わたしのイライラはとどまるところを知らない。
「基礎魔術のスキルはわたしの方が高いし」
ぽい。
「動物だって大好きだし」
ごそごそ。
「うらやましいなんて思ったことないんだから」
ぎゅっ。
よし、必要なものは詰め込んだ。出るよ。
「バードってホントに嫌い。芸術家ぶってお高くとまってるし」
ブツブツブツブツ。
さて、今日は
わたしの足は、まっすぐに厩舎へと向かっていた。
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