006:吟遊詩人学科の劣等生?
ピタリ、と演奏が止む。
凄惨な殺し合いの中で最後まで生き残っていたオーガとトロルの二匹が動きを止めた。突然に術から解放された巨人達は、なぜ自分たちが戦っていたかを理解することができない。
周囲を見渡しながら不安げなうめき声を上げるその姿を見ると、人類とは相容れない敵であっても、さすがに同情を禁じ得ない。
だけど。
「
わたしは巨人達を指さしながら、
この森は彼らの生息域ではない。かわいそうだけど、ここでそのまま解放するわけにはいかないんだ。
やがて、リュートを携えてひょっこりと岩陰から顔を見せた彼は、わたしのナイトメアがオーガたちをあっという間に平らげたことに興味もないように、柔和な微笑みを浮かべている。
「ミントさんか、2年……3年ぶりかな? ずいぶんと女の子らしくなってかわいくなったね」
「ありがと。あなたはちっともかわらないね」
オクタヴィアン・テオドール……なんとかくん。
覚えきれないほどに長ったらしい名前が如実に物語るように、貴族である。
彼は、わたしが短い間だけ通っていた魔法学校の先輩だった。
その頃のあだ名は、たしか『
たぐいまれなる天才的な魔力調律の才能を持ちながら、一方では壊滅的な演奏センスの持ち主で知られていた、はず。
『
つまり、高度な技術を要するれっきとした魔術の一分野なんだよ。
音楽に乗せて耳に届ける必要があると言うことは、安定した演奏技術が要求されるということでもある。
ただ、音楽を用いる目的は魔力をイメージに変換する媒体としてのものだから、曲そのものはどんなものでもいいの。自分がやりやすいものでいい。ロックのビートで魔物たちの心に『
『吟遊詩人スキルは演奏に魔力を乗せて対象を操る技術』
わかるかな。
演奏に魔力が乗っていればいいの。
どんな
普通の人間にはそれができないから、高度な演奏が必要になってくるだけ。
いまわたしの目の前にいるのは、それを可能にする天才だったけど、評価されない項目で優れていたからと思い込んで、劣等生を
実のところ学校って、直接点数に結びつかないものだって、優れている部分はちゃんと評価して成績にも反映してくれるんだけどね。
まあ、それは昔の話。いまは、いいや。
「オクタヴィアンくん、あなたいったいなにしてるの?」
「なにって、狩りだよ。バードの狩りは敵の同士討ちを誘うのが基本じゃないか。テイマーのキミが嫌うやり方なのはわかるけど、そのへん不干渉がお約束のはずだろう?」
「そう言う話じゃないよ。ここは人里だよ。こんな凶暴な……あれ? そもそも、どこからモンスターを連れてきてるの?」
「ふふ。どこから、か。キミはどう思う?」
「どう……って」
オーガは少なくともこの10キロ近辺にはいないはず。一般の村人たちにとってはあまりに強力な存在だから、人里近くに現れば間違いなく放置はされない。
トロルやハーピーもそうそう目にすることはない場所だ。街道の宿場町近くのモンスターは優先的に駆除されるのが通例だし。
ということは、そのあたりにいたのを引っ張ってきて争わせていたわけじゃないんだよね。
……そういえば、古の大魔術師は、呪文を唱えるだけでいずこかにいる特定のモンスターをどこにでも呼び出すことができたという。
まさか、この天才なら、それができるというの?
「ふむ、まあ、キミにはわからないか。この
イラッ。
「10キロ以上先から演奏を続けて引っ張ってきたにきまってるじゃないか」
「たしかにわかんないよその
なにがしたいのなにがしたいのなにがしたかったの!
「いや、たまたまオーガを見つけたんだけど、ヤツにぶつける丁度いい相手がいなくてね。仕方なく連れ歩いているうちにこのへんまできてしまったのかな」
「オクタヴィアンくんは魔術師としても一流だと聞いてるよ。オーガ一匹くらいなら楽器を使わなくても――」
「それはボクのバードとしての誇りが許さない」
「そこは許してよ!」
ハァ、ハァ、ハァ。こんな疲れる人だったっけ?
いや、バードってだいたいキライだから好んで交流することはなかったけど。
「ミントさん、そんなに怒っていて疲れないか?」
「疲れてます! おかげさまです!」
なんの自覚も無いよこの人。
「これ、今日が初めてじゃないよね? 頻繁に集落までこの世の終わりのような音……いや、演奏が聞こえてきていたそうだけど」
「この辺りはイイ感じに開けた土地が多いからね。一昨日は山向こうにレッドデーモンとワイバーンを引っ張ってきて――」
「まってまってまって! いまデーモンって言った? ワイバーンって言った?」
「言ったけど?」
「それどこにいたの! 10キロどころか100キロ四方にもいないでしょ、そんな大物」
どちらも、熟練冒険者以外が対処するとしたら軍の出番になる相手だよ。
「あまりにヒマだったから『
「もうやだこの
こういうノリで、天気の悪い日以外は活動を続けていたそうだ。
「ときに、なんでキミはここに?」
「いまそこ? やっと?」
「だから落ち着きたまえ。まずは説明してくれないか」
さっき言ったじゃん。
人里近くで変な音を鳴らしてモンスター集めてるからだって。
「なるほど、つまり、教会がボクの演奏を評価してくれたわけかい?」
「なーにーをーきーいてーたー!!!!」
カッとなってついアーノルドをけしかけようと、待機しているはずの背後を振り返る。そこでは、なんか、仕留めたオーガをおいしそうに食べてた。
「ナイトメアは相変わらず悪食だね」
「……そういえばKill命令を出してからほっぽっといたっけ。そりゃあとは自由にしてるよね」
でも、逆によかったかもしれない。大人しく傍らに控えていたら、たぶんいまごろオクタヴィアンくんは……しばらく呆然としたあとに我に返る。
そうだ、お仕事お仕事。
「と、とにかく、同道してもらいます。拒否するのであれば、力付くです」
「教会の命令とあれば是非もないね」
常設の警察を置いていない地域では、教会に警察権が委ねられていることが多い。
そこに雇われた冒険者が警察活動に従事することは、決して珍しくないんだよ。
かくして、事件は解決をみたのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「それで、オクタヴィアンくんはどうなるんでしょう」
わたしの報告を受けて書類をまとめている最中の神父さんに聞いて見た。
実はどうなろうとあまり気にならない気がするけれど、やはり義理で念のため聞いておかないと。
「そうですね、人的・物的被害があったわけではないですし、
「そんなものですか」
「貴族のご子息でもありますし」
「そんなものですよね」
世の中ホントに不公平。
「ときに」
「はい?」
「オクタヴィアン氏を身元引受人のご実家までお連れする仕事が」
「やです!」
「この仕事の報酬の倍ほどお出しできるのですが」
「ばっ……む、むりです、それでも!」
もういやだ。あの人に関わるのはもういやだ。
でも、それだけじゃなくて、彼は地方領主の親戚筋で、わたしの故郷に住んでいた貴族で。
だけど、わたしには、まだ家には戻れない理由がある。
だから、倍額はホントに悔しいけど、断るしかないんだ。
「そうですか」
神父さんはそれ以上無理強いはしてこなかった。
翌朝、わたしが村を出ようとしたとき、ちょうど反対方向へ向かう馬車を待つオクタヴィアンくんを目に入った。ガン無視も感じ悪いよね。別れの挨拶だけはしておこう。
「キミのおばあさんに、なにか伝言はないかい?」
「え」
虚を突かれた。
いまも故郷にいる、わたしの唯一の肉親のおばあちゃん。
学生時代にはオクタヴィアンくんとも何度か会ったことがある。
「あ~……いや、いいや。できたら、わたしと会ったことも言わないでくれるとうれしい」
「そうか。事情はわからないが、キミがそう言うならそうしよう」
「ありがと」
世間知らずだし迷惑千万だけど、悪い人じゃないんだよね。
バードじゃなかったらもっと仲良くなれてたかもしれないって思うよ。
「じゃあ、行くね。元気で、オクタヴィアンくん」
「うん、ミントさんも」
きびすを返して、アーノルドにまたがって、今度こそ村を出る。
はぁ。疲労感だけが残る仕事だったよ。
「アーノルド、おまえは今回はいいとこなかったね」
「ブルルル」
つぎはぜったい、アーノルドが活躍できる仕事をするぞ。
なんかぶっ飛ばすやつとか!
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