005:天使って音痴なのかな

「あかぽりてぃっくさうんど、ですか」

「アポカリプティックサウンドです」

「あかぽりてぃっくさうんど、ですね」

「さっきと1文字も変わってませんよ」


 言って、依頼人の神父さんは手元の紙にペンを走らせた。


 『アポカリプティックサウンド』ね、なるほど。


「ご親切にありがとうございます。それで、そのがどうしたんですか?」

「……ええ、それなんですが。あ、少々お待ちください」


 神父さんは「なんでさらに悪化してるんだよ」とブツブツつぶやきながら、手元の書類を繰っている。どこかお加減悪いのかな。お大事にしてほしいな。


「ああ、これです。ご覧いただけますか」

「拝見します」


 それには、この教会の担当地域から寄せられた陳情が多数記されていた。

 

 「若者達が深夜にたむろする店の規制はできないか」

 「干した下着が頻繁に紛失する。隣家の独身男が怪しい」

 「このところ狼が増えてきて家畜が心配だ」

 「娘をたぶらかそうとしている金貸しのどら息子をなんとかしてくれ」

 「女房を寝取ったジョージの野郎を吊してやってくれ」

 「夏の病害の影響で今年の収穫じゃ税金を納められそうにない」


 地方の教会はお役所みたいな役割を兼ねていることが多いというけど、ホントにいろいろな相談が届くもんだね。

 そんな、種々雑多な訴えが並んでいる中で、わたしはまったく別の地域からまったく同じ報告が数多く寄せられていることに気がついた。


「『不安を駆り立てられる楽器の演奏のような音』ですか」

「はい、今回ミントさんに依頼したいと考えている件は、それです」


 あぽか……あかぽ……えっと、さっきのメモどこ。

 あった。

 

 『アポカリプティックサウンド』とは『終末音』と訳される怪現象だ。


 前世の世界では「キリスト教の天使が世界を終わらせるときに吹き鳴らすラッパの音」とされていて、簡単に言えば、どこからか聞こえてくる不気味で金属的な音の総称かな。オカルト分野の用語だね。


 この世界にはもちろんキリスト様はいなくて、別の神様がいる。だけど、経典の内容って洋の東西を問わずに似通うことが少なくないんだよね。

 きっと“世界”の枠を一つ二つ超えたところで似通っていても、あんまり不思議は無いかもしれないよ。


「現状で何か具体的な被害は?」

「いえ。不安を訴える声のみですね、今のところはですが」

「依頼内容は『音の原因の排除』になるんですか?」

「可能でしたらそうしていただきたい。ですが『音の原因の特定』だけでも充分に助かります」


 ふむ。


「もう一つ。わたしを名指しで依頼された理由をお伺いできますか?」


 通常、冒険者ギルドへの依頼は、冒険者を指名して行われることはない。

 依頼人が以前に仕事で交流があった相手を選ぶ場合や、重大事件において他にいない適任者だと判断された場合が例外になるくらいだ。


「ご存じかもしれませんが、教会の司教位以上の立場の者は、のことを知らされているのです」

「それが理由ですか」

「はい」


 〈遠くない未来に訪れるこの世界の脅威を排除せよ〉


 わたしたち《外から来た子供たち》と呼ばれる異世界からの転生者は、例外なくみんな同じ神託を受けている。

 今回の『終末の音』が『世界の脅威』に関係しているのではないか。

 神父さんはそう言っているんだ。


 なるほどね。適任者枠の依頼、と。

 

「わかりました。お引き受けします」

「おお、助かります。あなたに神のご加護があらんことを」

「ところであの……報酬はホントにギルドで聞いてきた額をいただけるんですよね?」


 ここのところお仕事もないままの旅続きで、路銀がホントに乏しくなってたもんだから、相場よりずっと多い報酬についつい飛びついちゃったんだよね。


 さて。

 神父さんに名簿をお願いして、音を聞いた人たちを訪ねて歩いてみると、いくつかわかったことがある。


・音は森の奥の方から聞こえてくる。森の狩人レンジャーの一人が狩りの途中に突然近くから聞こえてきた音に驚いて逃げてきたらしい。


・音は山の奥からも聞こえてくる。茸狩りに山に入った農夫によれば、音の発生源は山道から数十メートルくらいの場所ではないかと言うこと。ただ、これは信憑性は薄いと思う。荒事に慣れている人の証言でもないしね。


・日中で、かつ雨の降っていない日にしか、音は聞こえてこないと言うこと。


・週の半分くらいの日に聞こえてきて、だいたい1回当たり4~5時間の間に鳴ったり止んだりを繰り返すと言うこと。



「これ、自然現象じゃないのかなぁ」


 前世でも科学的に検証するとそういう結論になることが多かったようだ。しかし、それを言って納得してもらえるかと言えば、絶対あり得ない話だとは思う。この世界でも物理法則の多くは共通しているはずだけど、魔術こそが科学の基本である姿勢からすると、わたしの異世界説明では誰も納得しないはずだ。


「そもそもわたし、前世だとメッチャ文系だったもん」


 科学的な説明なんてできそうもないね。てへ。

 生まれ変わった後も、錬金学の授業で赤点取ってたりしたけどさ~。


 とにかく、まだ現象の確認すらしていないし、結論を出せる段階じゃないのは間違いないんだ。実際に鳴り響いてくる時まで、しばらく待機していないと。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「え~っと……」


「ガアァオウウォヲオァアアゥオ!!」

「グゴゥルルルルゥグゴアオアガオゴ!!」


 明くる日。

 待機するまでもなくさっそく聞こえてきた『アポカリプティックサウンド』の発生源を追って、わたしは森の奥へ、さらに奥へと駆け抜けた。あ、実際に走っているのは、わたしがまたがっているアーノルドナイトメアだけどね。


 しばらく進むと、いきなり明るい場所に出る。どうやらここが森の出口らしい。

 目の前に広がるのは平原。所々に小さな岩山があるのが見て取れる。


 そして。


「ゴガゴォガゴゴゴガォゴガゴガガォゴガゴガゴォゴゴガガォゴゴゴォ」

「グゲグィグゲグゲグィグゲグィグゲグゲグィゲゲゲゲィゲゲゲィ」



〈♪AXX&2XX&$XX&8XX*%XX&DXX&OXX&PXX&/XX&OXX&DXX&@〉



 あー、うるさい! なんなの。なんで怪獣大決戦がこんなところで。


 オーガ、ガーゴイル、ハーピー、トロル。

 生息域は近いが、それでも決して交わらないように縄張りを作って微妙なバランスを保っているはずのいる種族のモンスターたちが、一堂に会して殺し合いをしている。



〈♪2XX&*XX&JXX&+XX&9XX&$XX&?〉



「ブルルルル」

アーノルドArnold落ち着いてStay!」


 クラクラするほどに濃厚な血のにおいに、アーノルドが興奮している。


「なるほどね。『自然現象説』はこれで否定されちゃった」


 こんな地獄絵図が自然に描かれてたまるか。

 地獄っていうのはね、いつだって人工的なものなんだよ、わたしはよく知ってる。



〈♪/XX&UXX&(XX&JXX&$XX&J〉



 ほとんど耳元と言っていいような距離で、天使のラッパが鳴り続けている。

 いや「♪葉っぱラッパじゃないよ、カエルリュートだよ」って感じか。



〈♪5XX&DXX&+XX*,XX&?XX*(XX*"XX&&〉



「ふぅ。いいかげんに出てきなさいよ~」


 いったい、どれだけの才に恵まれれば、こんな完全に外した音の上に寸分違わず魔力のリズムを刻めるのか。


 あかぽりなんとかに誤解されるのもわかるよ。

 これが人の奏でる楽器の音だとは、至近距離で聞いても未だに信じられないもん。


 目の奥がチカチカしてきた。

 鼓膜が波打っていて正しく音が読み取れない。

 脳波が逆流しているのがわかる。頭が沸騰しそうだ。



 うん、こんなことのできる天才は、だろうって思う。



「あなた、オクタヴィアンくんでしょ?」

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