004:おしゃれに興味がないわけでもないよ

「あ、このチュニックかわいい」


 ここはイシ・ロンデ市の若者が集まる中央通り。

 ふと思い立って、久しぶりのウィンドウショッピングにきました。


「このポンチョもいいなぁ、あっちのクルーネックに合わせるとか」


 ちなみに今日のわたしは、ベージュのジャンパースカートに白いパフスリーブのブラウス、足下は街向けのショートブーツで締めてある。長めの髪は明るい花をあしらったバレッタで留めてみたけど、そろそろ揃えて切ってもらいに行きたいなぁ。


 あ、これ? 胸元のペンダントは、GrandG MasterM魔術師記章だよ。ちょっとかっこかわいいでしょ。

 あのね、実はこれね、ナンパ避けにも効果が高いんだって、静里奈せりなが言ってた。


「やりたいだけの男たちが、命がけで高位魔術師にちょっかいをかけようなどとは思いませんことよ」


 なるほど、悔しいけどあいつ美人だもんね。経験豊富っぽいよね。

 あ、でも、わたしだって声かけられたことくらいはあるんだからね。


 総じて、ペンダント以外は、ほぼ都市部の女の子に多い無難なファッションにまとめてる。冒険者だからと言って、いつだって鎧やローブに身を包んでいるわけではないんだから。


 そういえば、前世での世界に比べると、こちらの世界のファッションやお化粧は、それほど複雑ではないし多様性にも欠けているって思う。あんまり気合いを入れておしゃれを楽しむようなタイプじゃなかったわたしにすれば、むしろラクだと言えるかもしれないけどね。


「それ、いいでしょう。GM裁縫師の一品物ですよ」


 え。ボーッとしてたら誰かに声をかけられ……って、服屋の店員さんにロックオンされてる? わたしこれだけは昔もいまも苦手。混乱のうちにいつの間にか試着させられて「よくお似合いですよ」って言われたらもう、似合ってなくても買わされちゃう。


 逃げた方がいいかな。だけど。


「む、むむむ」


 だけど、この服ほしい。わたしの好みピッタリ。

 どれどれ。値札を見る。


「ふぐっ!!」


 高い。宿代の3日分くらいする。3段ベッドの雑魚寝部屋の3日分じゃないよ、朝晩2食付きの個室高級宿3日分だよ。


「高いですよね、お客さまのお小遣いだと、ちょっとつらいかな」


 まあ、必要時以外は記章を外から見えないようにペンダントはかけているし、普通の町娘に見えるよね。お金ぜんぜん持ってないだろうと思うよね。


 しかし侮るなかれ。

 少し前にアンデッド撲滅作戦に参加して、というか巻き込まれたんだけど、そのときの報酬はビックリするほど高額だった。まだ少し残ってるし、買えないこともない。決心すれば買える。


「むむむ~」


 うなりながら腕組みを始めたわたしに、店員さんは試着を勧めてきた。

 どうせ買えないだろうし、せめてちょっと袖を通すくらいしてみたら? 的な、ある意味での親切心なのだろう。


 大事なこと忘れてた。これってサイズは合うのかな。タグを見る。


 ――あ。


「買います」

「え? はい?」

「この服買います。だから、教えてください」

「え、な、なにをでしょうか」

「これを作った人はどこにいますか」


 その服の小さなタグに記されていた『銘』を、わたしは知っていた。


 この世界での生産者ギルドには、Grand Master位の技能を獲得したと認めた会員職人にだけに与える特権があるんだ。それが『銘』入れなの。

 銘とは高級ブランドそのものであり、服に限らず剣でも鎧でもアクセサリーでも、それのあるなしでは価格に天地ほどの差が開く。


 これは、一職種に一機関ずつしかない国家認定職能ギルドによる、いわば公的資格に当たるもので、ギルド未承認の銘入り商品の販売は、犯罪として厳重に処罰されることになっている。

 そのために、あらゆる職人はGMを目指す。日々鍛錬を続けて、いつか自分のブランドを世界に流通させることを夢見て。


「ここ、かな」


 翌日。買ったばかりのチュニックを着て、お土産に買ったケーキの箱を下げて、わたしはそこに立っていた。


 さすがに服屋さんでは特定の裁縫師の住居はわからなかったけど、代わりに紹介してもらったのは『裁縫師tailorsギルド guild』だった。そこで尋ねればわかるだろうとの話だったんだけど。


「ストレートに聞いて教えてくれるのかな。まあ、この世界は個人情報とかそんなうるさくはないみたいだけど」


 多少の不安は残る。しかし当たって砕けろだ。


「あの、わたし、この服を作った人にどうしても逢いたいんです!」

「ああ、この人の家なら近いよ。ここから3つ先の角を道なりに進むと工房があるから」


 ギルドを出て教わったとおりに歩いてゆくと、ものの10分もかからずにそれらしき建物にたどり着く。


 なるほど、プライバシーの概念などまるで発達していないこの世界では、いたいけな少女の懇願一つですべてが解決してしまうんだね。自分で言うなって? はい。


 3階建ての建物で、1階は雑貨屋さん、2階が裁縫工房、ここだね。

 あ、3階も工房なんだ。細工師さんか。


 すれ違いができないくらいの細い階段を昇って、レースでデコレートされたドアノブの扉をノックする。こんこん。どきどき。


「あの、こんにちは~」

「はい、どちらさん?」


 扉が開いて中の人が顔を出した。

 けど、なんか思てたんとちがう。別の人だよね。

 だって、わたしは裁縫師さんに会いに来たはず。


 目の前の人……男性は、身長は190cmくらいで、とにかく大きい。おまけに筋骨隆々で、禿頭の黒人さん? むきっとポーズ取ってニカッて笑うのが似合いそう。


 あれ? わたし、スポーツジムにきたんじゃないよね


「ラビアンローズですが、どちらさまです?」

「合ってた~~~!!」



 イメージが違いすぎる。



「ははははは、そうか、キミがミントか」


 工房の主、ラビアンローズさんは、外見を裏切らない豪快な笑い声で、わたしを歓迎してくれた。


「わたしのこと、ご存じなんですか?」

「そりゃね、ゲームの頃も目立っていたけど、この世界でもいろんなウワサが聞こえてくるよ。山賊団に次々とドラゴンをけしかけて灰にして歩いているとか、地域一帯の精霊たちを根絶やしにして死の大地にしたとか、海賊退治の時には味方まで皆――」


「まってまってまって! それ、ぜんぶなんかちがうから。尾ひれつきすぎだから!」


 いろいろわたしの悪いウワサが流れているのは知ってたけど、ここまでヒドくなってたの?

 これじゃお嫁に行けなくなるよ。


「はははは、まあ、実際はそこまではヒドくないんだろうなと、こうして膝を交えてわかったよ」


 そこまでもここまでも、ほとんど事実無根なんですけど。

 いや、無根とまでは言いすぎかな。


「……まあ、いいです。あ、そうだ、ほらこれ」


 首の後ろに手を回して、着てきたチュニックの襟のタグを引っ張って見せる。


「《La Vie en rose》ブランドの買いました。ラビアンさんのですよね」

「ああやっぱりそうか。うん、俺の作品だよ」


 よかった、間違いじゃなかった。


「わたし、ゲームの頃もラビアンさんの作る服が大好きで、ずっと買ってたんですよ。だからお店で見つけたときどうしてもほしくなって、スゴい高かったけど買いました。あ、ごめんなさい」


 ブランド物を安易に高いというのは失礼に当たるかもしれない。

 気を悪くしていないといいけど。


「まあ、高いよね。本当を言えばもう少し安く出したいとは思うんだけど、なかなかそうもいかなくて」


 話を聞くと、ギルドの指導もあって、銘入れのできる職人の商品を安く流通させることは難しいという。ギルドとして銘入りブランド品の価値を安定させておきたいのもあるけど、修行中の銘無し商品を作っている職人さん達の保護のためでもあるんだって。


 このへん難しいんだろうね、自由経済と管理経済? みたいな、そんなのとか。


「そうそう、今さらだけど、ラビアンさんも《外から来た子供たち》なんですよね?」

「もちろん。前の世界のことを思い出して、デザインに幅が生まれたよ」

「わたしてっきり戦闘職だけが召喚されてるんだと思ってました」


 だって、世界を救え、みたいなことを神様に言われてたし。


「うん、あの神託の件だろ? 確かにただの服屋になにができるんだって思うよね」

「え、いえ、そういう意味で言ったんじゃないです」


 ただ、不思議だっただけ。ホントに。


「はははは、ごめんね、ちょっと意地悪な物言いに聞こえちゃったかな。そうじゃないんだ、本当に俺自身が不思議に思っていたからね」

「そ、そうですか。う~ん、だけど、実際のところなにをすればいいのかってわかんないですよね。昨日も静里奈せりなと話して――あ、静里奈っていうのはわたしの友だ……ちなんですけど」


 あいつを友と呼ぶのは抵抗感MAXだよ。でもガマンする。


「うん、知ってるよ。岡崎おかざき静里奈さんだろ」

「は?」


 知ってる? なんで? 静里奈はなにも言ってなかったけど。


「いや、俺はてっきり彼女の紹介で訪ねてきてくれたんだと思ってたよ。あの人は俺の作る服のお得意さんだからね」


 あのアマ!!

 わたしがこの間「もっと《外から来た子供たち》を探すべきだ」って言ったらなんて言ったと思う?


「そんな簡単でもないでしょう。おかしな目で見られるのを嫌って、神託を受けていても黙っている子も少なくないでしょうしね。当面はわたしたちが把握している5での連携を強めるべきじゃなくて?」



 なるほど、嫌なやつだけど頭がいいやつでもあるし、説得力あるなって思ってた。


 なのに、あんた、6を知ってたじゃない!

 やっぱりあんたは友達なんかじゃない、敵だよ、敵。


「それはクセかい? お節介のようだが直した方がいいんじゃないかな」


 親指の爪を噛んでぐぬぬとうなっていたら、軽くたしなめられた。

 う。恥ずかしい。いたたまれない。


「んんっ。えっと、それで、ですね」

「うん、なんだい?」


「ラビアンさんって、あんな悪役令嬢みたいなやつの好む服も作るんですね」


 言うに事欠いて何言ってんだわたし。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 なにかこう、気力を失ってしまったわたしは、再会を期して、ひとまずLa Vie en rose工房をあとにした。


 また醜態をさらしてしまったけど、確実に収穫はあったよ。

 職人ギルドにも《外から来た子供たち》はいた。

 これなら商人ギルドや船舶ギルドにもいるかもしれない。


 でも、静里奈の言い分じゃないけど、なんの手がかりも無しに闇雲に駆け回っても仕方ないよね。このことは心に留めておくとして、まずは目の前のこと。そろそろ、ギルドに頼まれている仕事を片付けないと。

 

 宿屋のベッドの上で地図を広げながら、出発の予定や必要なアイテムの算段をつける。


 依頼状によると、行き先は、ポコジゥ=ラバ村、になってる。


「ああ、ここ、少し前にウィル・オ・ウィスプが大発生してるって騒ぎになってたところだ」


 うん、この書状でも、ウィスプの駆除と、可能なら原因の排除を求められてる。


 これといった産業もなく、近くにダンジョンや霊域があることもない、ごく普通の小さな農村のはずが、いつの間にか夜な夜な現れるウィスプに悩まされるようになった原因は、未だ判明していないみたいね。


「まあ、いいや。ここなら半日でつくし、そんな大荷物にはならないね」


 街の喫茶店でお茶を楽しむのも悪くなかったけど、やっぱりわたしは現場主義。


「でも、ウィスプか……これ、ナイトメアアーノルドよりユニコーンフェルディナントが向いてる仕事だね」


 実体のない魔法生物であるウィル・オ・ウィスプには、魔力が高くて攻撃方法が魔法中心のユニコーンをあてる方が相性的にいいのだ。


「でも」


 腕組みをして考え込んでしまう。ムリをしてもアーノルドで行くべきか。

 ううん、決してフェルディナントがキライなんじゃないんだけど、そうなんだけど。


「……よし。主人マスターがそんなことじゃダメだよね。ユニコーンはなに考えてるかサッパリわかんなくて苦手だなんて、そんなの自分のペットに感じてるようじゃダメだ、うん」


 そうだよ、わたしは世界一のテイマーを目指すんだから。


 そうは言っても、やっぱり不安は残る。あの子フェルディナントって、ちょっとだけ個性的だから。

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