003:選ばれし勇者様? なんだよ、きっと、たぶん

「さあ、もう逃がさないから。邪悪Vicious Dragon!」


〈大きく出たものだな、人間の小娘。我が眷属をたぶらかして奴隷としたところで、その力が一族の王たる我に刺さると思うか〉


「……訂正して。ドラゴンマリエルナイトメアアーノルドは友達だよ」


くつわをとりあぶみを踏んで友達とはよくさえずる。その傲慢が我のブレスに焼かれる起こりだと気付かぬか〉


 わたしはそれに応えず、傍らでずっと守ってくれているにそっと手を触れる。

 

「ねえ、マリエル、アーノルド。よく舌が廻る親玉だね」


『Guoowwwwwwwwwwwwworrooo!!』


 どこまでも重く深く響きわたる魔獣たちの咆哮。


 それは、かつて自分たちの王だった者に向けた別れの挨拶か。

 あるいは、わたしと結んだ絶対の友情と信頼を喜び叫んでいるのか。


〈ふん〉


 邪悪Vicious Dragonの表情を読むことはできないけれど、きっとあれはわたしたちを嘲り見くびっているんだ。あなたの方こそ、その傲慢で滅びるんだから。


 一瞬、目を閉じて、深呼吸一つ。

 そしてわたしは、マリエルとアーノルドに号令Commandを発する。


アーノルドArnold! マリエルMarielle! あいつをぶっ殺せDestroy!!」


 ビシッ! 二頭の魔獣は、わたしの指さす先に、些かの迷いも無く全力で飛び込んでいく――



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「っていう、夢を見たんだけど」

「ハァ? なんですのそれ」


 向かいの席で、なんとかいう銘柄の葉っぱのレモンティを音もなく口の中に運ぶのは、わたしの仇敵にして、最悪スキル『吟遊詩人バード』を極めた《岡崎おかざき 静里奈せりな》。緑の髪で青い目なのに、メッチャ日本人名だよね。


「だから、最終決戦でしょ」


 そしてわたし。

 ブラックコーヒーをちびちびと舌に浸しては顔をしかめつつ夢での活躍を語っているのが、世界の頂点スキル『調教アニマルテイム』を操る達人の《ミント》なのです。よろしくね。


 ここは《エネドハロウ大公国》の首都であるイシ・ロンデ市中心街にある喫茶店。人気のお店の筈だけど、お昼ごはんにもティータイムにも外れた時間のためなのかな、店内には空席が目立つみたい。


「そもそも邪悪Vicious Dragonとは? 聞いたこともない竜ですわね」

「それは、ホラ。最後の敵だし、そういうのじゃないかなーって」

「“最後の敵”ね」


 興味なさげに窓の外を眺めながら言わないで欲しいな。

 あんたにだって無関係じゃないコトなんだよ。



 〈遠くない未来に訪れるこの世界の脅威を排除せよ〉



 成人式13歳の誕生日の朝に、わたしや静里奈は何の前触れもなくそんな神託を受けた。

 それはわたしたちが《外から来た子供たち》の証。

 成人式なのにとは皮肉なものだよね。


 そして同時に蘇るのは前世の記憶。

 そうだ、わたしたちの魂は、この世界の外からやってきたのだ。


「ええ、忘れられない記憶ですわね。なんでワタクシだけ他の子供たちとまったく違う名前だったのか、その日になってようやくわかりましたわよ」


「……知り合いの中で、あんたのうちだけが漢字名だったもんね~」


 あ、これはね、前世のわたしの本名がミントだったわけじゃないんだよ。あの頃に、とあるMMORPGで使用していたアバターの名前が、なぜかこちらの世界での名前になってしまっているの。


 だから、もしかしたらこの世界はゲームの中なのかな、って思ったりもしたんだけど。


「それならこのへんに、謎のステータスウィンドウが出てもよさそうなものですわよね」


 言いながら、こーのーへーん、って、人差し指で右下あたりに四角を描いている。

 まあ、たしかにそういうのないよね。すれ違う人々の頭の上に名前が浮かんで書いてあったりもしないし。


「でも、神託だよ。なんか滅びちゃうって言うし、どうにかしないと」

「あなた、そういうところ、いい子ちゃんですわよね。で、どうにかとは?」

「だ、だから、その、悪の魔王? とか倒す、のかな」

「はぁ。その悪の魔王さんとやらはどちらにお住まいなのかしら」

「知らないよ! だからぁ、みんなで協力して探すんでしょ、きっと」

「みんな」

「そう、みんな!」


 らちがあかない。


 まあ、静里奈の言うことにも一理あるんだよ。

 だって、具体的に何をしたらいいのかサッパリわかんないんだもん。


 うん、神様ってそういうとこあるよね。ふわっとしたことしか言わないの。

 って、あ、ごめんなさい不信心でした。バチを当てないでください。

 心の中で手を合わせる。


「さて、あなたの御託はわかりました。それは今後の課題に致しましょう」


 あっさりといなされた。


「ワタクシは、いまできることをまずやりますわ」

「う、うん、それもたしかに大切だからね。なにするの?」

「ガーゴイルが大発生している森がありますの。討伐の依頼を受けていますのよ」

「ガーゴイル!」


 ガーゴイルは最下位魔族の一種だ。鷹のような爪とコウモリの羽根を持ち、人や家畜を襲う。魔法も使うし油断をしてもいい相手とは言えないけど、テイマーわたしの使役するナイトメアアーノルドならまず楽勝の相手。


「うん、できること大切だよ、静里奈。わたしも手伝う」

「けっこうですわ」


 ノーウェイトで拒否られた!

 ガーゴイルは宝石を持ってるやつが多いからわたしも倒したいのに。


「オーッホッホッ! 神聖なる吟遊詩人バードの狩り場に、不浄なテイマーごときを入れると思って?」


 そうだよ、こういうやつだった。

 バードってこんないやなやつばっかりだもん。知ってた。


 わたしのような騎士道に則って正々堂々とペットをけしかけて戦うテイマーに対し、呪曲を用いて狂わせたモンスターたちを同士討ちさせて漁夫の利をさらう卑怯卑劣邪悪悪辣の権化であるバードの静里奈が執拗に嫌がらせを繰り返してくるのは、やっぱり心にやましいところがあるからなんだろうね。


「あなただってそうでしょ? 動物を連れておいしい狩りにいくとき、わたしバードが連れて行ってって言ったら?」

「おとといきやがれ」


 あ、つい本音が。


「……そんな言い方しなくてもいいじゃありませんの」


 え。

 

 そのまま黙って肩を落としたまま仕事に向かう静里奈を見て思った。


 あの子、やっぱりめんどくさいな。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 このイシ・ロンデ市に、生まれたときから家族といっしょに住んでいる静里奈とちがって、わたしは遠くの寒村でおばあちゃんと二人きりの生活で育った。


 あ、それを不幸だと思ったことはただの一度もないよ。高齢を理由に現役を退いて久しかったけれど、おばあちゃんは優秀なテイマーだった。わたしはその一番弟子。そして、たった一人の弟子だったの。


 “神託”からしばらくして旅に出ることになるその日まで、時に厳しく、時にそれ以上に優しく、テイマーのいろはから奥義までこの身に叩き込んでくれたおばあちゃん。


「あんたはどうにも人にダマされやすいところがあるからね。テイマーは動物を騙して丸め込んで味方に引き込むのが信条の商売なんだからさ」

「おばあちゃん、言い方……」

「アタシとあんたしかいないんだよ、たてまえで話す理由ないだろ」


 ごうほうらいらくを絵に描いたようだと周りの人に慕われていたおばあちゃん。

 ……逢いたいよ。



 え。あ、生きてるからね? わたしより長生きしそうって言われてるからね?



 あぶないあぶない、話の雰囲気に飲まれて、ついつい死んだことにしちゃうところだったよ。


 ……それはともかく、わたしは旅人なんだよ。


 神託で思い出した知った“昔のゲーム”で見た顔が懐かしくて、イシ・ロンデは居心地がよすぎたんだと思う。だから、長っ尻に過ぎたのかもしれない。


 里心がついちゃったからかな。厩舎で休ませているナイトメアアーノルドの顔が見たくなってきた。



 ナイトメアは馬に酷似した外見を持つ最高位の魔族の一種だ。

 『調教アニマルテイム』で従わせて騎乗ができる魔族に限れば、最強種でもある。


「アーノルドのテイムは、ホントに大変だったな~。何度死にかけたっけ」


 これ、ぜんぜん大袈裟に言ってるわけじゃないんだよ。

 ナイトメアに挑戦するのは、テイマーの中でも最高位の実力者だけ。それでも二人に一人は失敗して殺されているくらい。メッチャあぶないの。


 実はわたし、おばあちゃんにすっかり甘えてた。


 ナイトメアは高位のテイマー相手なら譲り渡すこともできるから、おばあちゃんが従えているナイトメアセノフォンテがいつか自分のものになるんだと信じてた。かわいい孫に死亡率50%のクエストを命じるわけがない、そう思ってた。


「自分でナイトメアも捕まえられないテイマーなんて音痴なバードにも劣るよ」


 実はわたし、師匠おばあちゃんにすっかり甘えてた。

 は、どこまでも厳しくて冷徹だった。


 わたしがアーノルドと友達になったのは、それから2年くらい後のこと。


 耳たぶを片方食いちぎられて、右手首から先は炭化してるみたいに真っ黒になったままアーノルドを連れておばあちゃんの元にたどり着いたことを覚えてる。わたしを抱きしめるおばあちゃんが何度も「ごめん、ごめん」と謝っていたのは、現実だったのか夢だったのか。意識がもうろうとしていたからよくわからない。


 病気はさておき怪我に関しての魔法治療は“前世”での近代医学を大きく凌駕しているこの世界だけど、死にかけるほどの大けがが秒で治るほどにはゲーム的な世界でもないんだよね。


 わたしは10日ほど生死の境をさまよってたんだって。

 でも魔法スゴいね。起きたら耳も右手もすっかり治ってたよ。


 あ。痛い痛い。物理的に痛かった思い出が蘇ってきた。


 ごめん。アーノルドとの初対面から友達になるまでの話は、また機会があったらにするね。


 さて、思い出に浸りながら歩いていたら厩舎に着いたぞ。


「厩務員さん、ナイトメアアーノルド出して呼んでください」


 言って、厩舎利用カードを提示する。


 このカードでナイトメアやドラゴンを預けているのはさすがにテイマーに限られるけど、普通の人たちも乗馬用の馬とか荷馬とかを預けるのに使っているごく一般的なカードなの。

 

「はいよ、ミントちゃん。毎日会いに来ててえらいね」

「あはは、覚えられちゃってた」


 実はそうなんだよね。一日に一度は逢いにこないと落ち着かない。

 静里奈には田舎者だっていつもバカにされるんだけど。


 いいんだ、別に。


 厩務員さんが最奥部の魔力封印を解くと、いずこともしれない空間からアーノルドが現れる。

 万が一ナイトメアが街中で暴れ出したら、一般的な騎士団の小隊くらいじゃ抑えきれないからね~。管理は厳重になってるんだよ。


「ブルルルル」


 馬に似た外見に違わず、落ち着いているときのナイトメアのいななきは馬そのもの。これが興奮すると、ドラゴンも斯くやの地響きにも似た咆号と化すんだから、二面性スゴいよ。


「さて」


 よいしょっと。おばあちゃんの遺伝なのか、わたしの背丈は成長期になってもサッパリ伸びる様子がない。

 アーノルドにまたがるのは毎回ちょっとたいへんだよ。


「キレイキレイしようね~」


 言って、アーノルドの長いたてがみにブラシをかける。

 この子は大きいから、上に乗っても身体をギリギリまで伸ばさないとブラッシングが難しい。


「ぶぶぶるるうぶう」


 その後30分ほどかけて、全身のブラッシングを終えると、アーノルドは気持ちよさそうに吠えた。


「もうちょっとだけ待っててね。ここでの仕事がまだ終わってないんだよ」


 冒険者としていくつか引き受けている仕事があるんだ。

 だいたい義理で引き受けたやりたくない仕事なんだけど。


「終わったら、また二人で旅に出よう。おまえと二人でなら、わたしが成すべきことがきっといつか見つかると思うから」


 つぶやきにも似たわたしの小さな語り掛けが聞こえているのかいないのか、漆黒のナイトメアはなにも語らない。ていうか、わたしがお土産に持ってきた生肉に夢中だ。


「もう、おまえは」


 ちょっと、笑えた。

 笑えれば、明日もきっと頑張れる。


「故郷なら夜も一緒に眠れたのにね~」


 都会はこれだからいやだよ。

 そんなことを思いながら空を見上げたら、ふるさと同じ星空が広がっているのに気がつく。


「わあ」


 都会も案外悪くないのかもしれない。

 ……あ、でも、よく見たら星の数が少ないな。宮殿近辺とか明るいからかな。


「やっぱり都会はダメだね~」

「ブルルルル」


 今度はアーノルドが笑った。ような、気がした。


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