002:英雄伝説のはじまりだよ
「寝過ごした!!」
朝ご飯を食べたら出かけるつもりだったのに、もうお昼ごはんの時間じゃない!
「おばさん! わたし、朝ご飯の時に起こしてって言ったよね!」
飛び起きて、階下にいた宿の女将さんに文句を言う。計画台無しだよ。
「ちゃんと起こしたよ。『わかったもう起きた』って言ってたじゃない」
「お母さんか! ちゃんと起きるまで起こしてよ!」
「そうは言っても、お客さんの布団を引っぺがしてたたき起こすわけにもいかないだろう?」
まあ、それはそうかもしれないけどさぁ。
もぐもぐ。お昼ごはんはたいへんおいしかったです。新鮮な山の幸ってやつ。
「まあ、朝も昼も同じだよね」
ポジティブシンキング。行くぞ、フェルディナント、あの森へ!
「
遅れを取り戻すべく、フェルナンドに活を入れる。
うん、快走快走。風のように走るわたしたちは、ほどなく森の入り口へと辿りついた。
☆★☆★☆★☆★☆★
森に足を踏み入れてすぐに気がついた。魔力の集まり方が尋常じゃないよ。
これなら『魔術師』の称号を持たない普通の村人でも感じるんじゃない?
「魔力が満ちているのは“場”だよね。特定の魔物が発しているものじゃないよね」
周囲の魔力を吸収できる
「うん、
恐る恐る、魔力の中心とおぼしき地点に向けて、歩き出した。
『あ』
えーっと、知ってる顔が一つと、知らない顔が二つ。
「あの、昨日の……ムーアさんでしたっけ?」
「ロジャーだよ、誰だよムーア!」
誰だろう。
「この女は誰だ?」
「あの馬、ユニコーンか?」
そうか、残りの二人は、昨日言ってた弟と樵のなんとかさんだね、きっと。
「わたしは村に雇われた冒険者のミントです。あなたたちはここでなにを?」
「なにって、仕事だよ。俺たちの職場はここだからな」
「そうそう」
「うんうん」
なんだこの怪しさ。
職場がここなのは事実だろうけど、態度があまりにもうそくさい。
「この魔力の集まりは、あなたたちにもわかるくらいじゃない?」
「魔力?なんの話だ」
「もりもりきて、いくらでもできるパワーがわいてくるやつか」
「え、このムラムラくるのって魔力なのか?」
「
なんだろなんだろ、めっちゃくちゃ気持ち悪い。
すっごく不安になった。
Guooouuuuuuu!
『ひっ!』
フェルディナントの威嚇に、三人は肝を潰しているようだ。
いい、ぜったい変な気を起こさないでよね。
「いったい何事? そのちんちくりんはなに?」
そのとき、彼らの立つ場所のさらに奥から、鈴を転がすような声が響いてくる。
「誰がちんちくりんよ!」
ちがう、大事なのはそこじゃない。わかってるけど、あたまきたし。
「人間の魔術師? なんでこんなところにいるの?」
言いながらひょっこりと顔を出したのは、愛嬌を満点にたたえたような、緑の髪の若い美女だった。
「その口ぶり。あなた、人間じゃないの?」
「私みたいな美人が人間のわけないでしょ?」
あっさりと応えられて二の句が継げない。
ともあれ、状況から考えると、ウィスプ大量発生の元凶は彼女のようだ。
「ウィル・オ・ウィスプを放っているのはあなた?」
「そうよ」
「なんのために?」
「私の木のためよ」
木? 人外。美女。
「あなた、ドライアド?」
「そうよ、背丈や胸に比べて頭は少しは発達してるのかな」
「胸は関係ないでしょ胸は!」
「あ、怒った。こわ~い」
この女!
「おい、冒険者、リリーにちょっかい出すのはやめろ」
「そうだ帰れよ余所者が」
「リリーと並ぶと本当にかわいそうだよなぁ、あの寸足らず」
……ドライアドに魅了されて言ってるのはわかる。わかるけど、あとで殴る。
とにかく、彼女を何とかしなきゃ。若い男をたぶらかしてはさんざん
そんな思いを知ってか知らずか、彼女はさらにわたしを貶めようと、
Guooooooooowwwwwwwww!!
「え」
『え』
フェルディナントがドライアドに襲いかかった。
ドライアドは決して弱い精霊じゃない。だけどこれは完全な不意打ち。
一撃で魔力の核をユニコーンの角が突き刺しているのがわかる。
「これ、さっき出したGuard命令に反応してる?」
主人への口撃を攻撃と判断したか。
なんにせよもう遅い。即死確定だ。だが。
さらに、噛みつく。
「え」
そして、踏み潰す。
「あの」
魔法を叩き込む。
『おいいいいい』
この世のものとも思えないほどに美しく整っていたドライアドの肢体は、見る影もなく、人かオークかトレントかの区別がつかないほどの肉塊に変じていた。
ドライアドはニンフの一種だ。
そしてニンフとは“
なるほど、ユニコーンが容赦しないはずだよ……
☆★☆★☆★☆★☆★
「ロジャーさんたちが森で眠っていたドライアドを間違って起こしてしまったことがそもそもの起こりだったようです」
そのあと、放心状態だった三人の男をなんとか正気に戻したあと、ドライアドの本体の木の調査を行った。精霊の死に伴ってすでに枯れ始めていたその木には、かなり古いものと判断できる見慣れない呪詞が刻まれていて、さらにそれがごく最近に傷つけられ破られている形跡が見て取れた。
「呪詞は古い封印だったんだと思います。古いから、そこからドライアドの魔力が漏れていたんでしょう。ニンフの誘惑ですから、若い男性が抵抗できなくても仕方がないです。できれば、責任を問うようなことはなさらないでください」
実は、ドライアドの最期をリングサイド席で見せつけられたトラウマで、全員寝込んじゃってるんだよ。それをもって罰としても十分だろうと思うよ。
「わかりました。彼らについてはおまかせください。それで、もうウィル・オ・ウィスプは?」
「はい、あれを操っていたのもドライアドです。弱り切った自分の力をなるべく早く取り戻そうと、森から離れた場所までウィスプを飛ばして魔力を吸収していたようです」
ウィル・オ・ウィスプに魔力電池のような使い方があるとは、新発見だと思う。
どこかの魔法大学にでも売れないだろうか。
「いろいろありがとうございました。報酬は、ギルドの方に?」
「はい、それでかまいません」
事件は解決した。
「フェルディナント、それにしてもさぁ、あれやりすぎだよ。とっくに死んだのわかってたでしょ?」
「ブフフルル」
「不満そうな声出さないで」
村長の家を出たのは朝早くだ。夕方までには拠点にしているイシ・ロンデ市に戻れるだろう。
村の広場にさしかかると、やってきたときとは正反対に、大勢の村人がわたしを見送ってくれている。村を救った英雄だもんね。ほめてほめて!
「アレがその、精霊殺し?」
「なんでもさぁ、もう死んでるのを形がわからなくなるまでぐちゃぐちゃにしたって」
「ママ、あの人悪い人なの?」
「その場にいた狩人達は全員正気を失って入院中らしいぞ」
「マジかよ、悪魔かあのチビ」
……わ、わたしをほめたたえる惜しみない賛辞が聞こえてくるね、フェルディナント。
「ブルルルル」
いま笑ったでしょ、フェルディナント。歯を剥き出しにして笑ったでしょ。
「ブヒヒ~ン」
「だ、だからわたしは、ユニコーンは苦手だって言うんだよ~~~」
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