Unnamed Memory/完結Ⅵ巻発売記念SS
Unnamed Memory/完結Ⅵ巻発売記念SS「いつかを越えて、平穏を」
――大国ファルサス。王が座すその城には、一人の魔女が棲んでいる。
「開かない箱についての仲裁?」
持ちこまれた陳情の一つ、書類を手に取って若き王のオスカーは首を傾げた。
従官であるラザルが「ああ、それですか」と苦笑する。
「本当は宮廷魔法士に持ちこまれた依頼なんですけど、単なる魔法の揉め事だけでもないので一応陛下のところに、という話なんです」
陳述の内容は、古い開かない箱についてのものだ。
劣化防止のかかったその箱は、魔法の仕掛け箱になっているらしく、何百年も開けられたことがないのだという。
そんな話を聞いた城都のある大店の主人が、問題の箱を仕入れた。そして「この箱を開けられた者には、娘と店の権利をやる」と宣言したのだ。
「なんでそんな宣言したんだ? 店の宣伝か?」
「最初は後継者を決めるために、だったそうです。魔法薬を扱っている店で、魔法士が三人所属しているんですが、誰を後継者にするか決まらなかったそうで。揉めそうになったので苦肉の策で箱を持ち出したんだそうです」
「でも現在揉めるだろ。俺のところまで来てるんだが」
「三人とも開けられなかったんですよ。それで『店を継がせたくないから絶対開けられない箱を持ち出したんだろう』と抗議を受けて、店主がそれを否定するために、店の者に限らず挑戦者を募ったんです」
「なるほど?」
「ですが、それでも誰も開けられず、たちの悪いことに挑戦者からはお金を取って挑戦させていたため、街でかなりの苦情と不満が上がりまして――」
「何をやってるんだ」
王の呆れた感想はもっともだ。ラザルも同じ意見らしく苦笑する。
「そんななので、城に仲裁が来ました」
絶対開けられない箱に挑戦させるために金を取っていたのは詐欺だ、という不満を持つ者と、そんなはずはない、開かないのは挑戦者の実力不足だ、という店主の陳情の両方をまとめた書類をオスカーは頬杖をついて見やる。そして、王は言った。
「とりあえず宮廷魔法士を誰か行かせて、開くかどうかやらせろ」
「あれ、ティナーシャ様じゃなくてよろしいんですか?」
妃である魔女の名に、オスカーは笑い出す。
「あいつが開けられたって、『誰も開けられない』の反証にはならないだろ。あれは特別すぎる」
それはただの事実であったので、ラザルは深く頭を下げた。
※
ファルサス城に仕える宮廷魔法士は、城の講義はどれでも好きなものに出席できるが、なかでも「一番難しい」と言われているのが、王妃が週に一度行う講義だ。
彼女の講義は、今はもうない魔法大国の流れを継ぐ秘された知識の宝庫だ。それだけでなく実践もやらせる。試験もある。難しい。厳しい。ただやる気さえあれば、彼女はどれほど理解の遅い人間であっても見捨てない。
そのため、講義室には多い時で二十人が出席し、魔女の講義を聞いていた。
「――魔力というものは、人間の体を経た時点で、その人間固有の性質をほんの僅か持ちます。自然にある魔力を利用しても、構成段階では必ず術者の魔力が混ざる。だから全ての魔法は、術者を辿ることが可能ではあるのです」
長く白いドレスを引きずりながら教壇に立つ彼女は、手の上に一瞬で複雑な構成を組んで見せる。
「そのため、このほんの僅かの術者の魔力をより分けて解析することで、術者特定は可能になりますが、問題は解析できたとしても術者当人の魔力を知らなければ照合できない、ということです。だからこれは、『知人の魔法か否か』を調べることしかできません。ただ、それを利用して限られた人間しか通れない結界を張る、という風に応用もできます」
王妃の講義に、魔法士たちは真剣に聞き入っている。
――その時、教室の上を通る渡り廊下から、男の声がかかった。
「ティナーシャ、悪い。今、出られるか?」
「……えー」
そこにいるのは、この国の王だ。
彼女に急な無茶を言えるのは彼だけで、それに不満の声を上げるのも彼女くらいだ。
ティナーシャは、オスカーの隣に魔法士長のドアンがいるのに気づいて首を傾げる。
「どうしました、ドアン。珍しく欠席していると思ったら」
「申し訳ありません、仕事を失敗しました。お手を借りられないでしょうか」
この城では、ティナーシャを抜いて一、二を争う魔法士の言葉に、王妃は闇色の目を丸くした。
※
「……で、ドアンはその箱を開けられなかったと」
「力不足で申し訳ありません」
「おまけに『ほら見ろ、魔法士長でさえ開けられなかったんだぞ、詐ー欺! 馬ー鹿!』と大乱闘が始まったと」
「要約するとそんな感じなのですが、乱闘はさすがに押さえこみました」
苦渋を滲ませるドアンに、オスカーは苦笑する。
「まあ、俺としては返金して終了、としたいんだが、どうにも関係者の感情が収まらなくてな。開けなければ遺恨が残りそうなんだ」
「アカーシアで、ぱかっとやっちゃえばいいんじゃないですか?」
王妃の身もふたもない意見に、ドアンが「それはそれでしこりが残りますよ……」と零す。
他に手段がないならそれでもいいだろうが、ファルサスにはまだ魔法において最大の切り札があるのだ。ならばそれを切ってみよう、という意見も分からなくもない。
三人は城下を行きながら大体のすりあわせを済ませていく。
やがてティナーシャの耳に、誰かが怒鳴りあっているような喧噪が聞こえ始めた。
「もしかして、あれですか?」
「あれだな」
「うわあ」
彼女が額を押さえているうちに、三人は小さな広場に出る。
集まっていた人だかりは、さすがに王夫妻の姿を見て口をつぐんだ。いくら二人が割と気軽に城都内に出てくるとは言え、身分を隠さず現れることは稀なのだ。
オスカーは妻に向けて広場の中央を指さす。
「ほら、あの箱だ」
広場の中央にあるテーブル。その上には小さな石の箱が乗っていた。
ティナーシャは歩み寄ると、箱をまじまじと眺める。
「これ、なんか見覚えが……」
「またお前が仕業だったのか?」
「違いますよ!」
彼女は小さな宝石箱くらいの箱を手に取って、裏返してみる。確かに魔法細工と思しきそれをあちこち検分して――その顔色が、青ざめていくのにオスカーは気づいた。
ティナーシャは箱をテーブルに戻すと、白い手で顔を覆う。
「これ……カサンドラが作った箱です」
「誰だ」
「水の魔女です……」
その言葉に、傍に控えていたドアンが小さなうめき声を上げた。
※
「水の魔女は、放浪癖のある魔女なんですよね。外れない占い、とかとんでもないものを振りまきながら、時々気分で契約を受けるんです」
広場で箱を見ながら、ティナーシャは腕組みをしている。
見物人は先程より若干減ったが、代わりに新たな人間が見に来たり一部循環状態だ。彼らは王と、何より美しい魔女を見たいのだろう。そんな民衆をあまり気にしていない王夫妻は、箱について話を続ける。
「なら、その契約で作った箱なのか?」
「です。二百年くらい前ですね。見覚えがあります。確か普通の町の青年が『みんなの前で求婚に使いたいから、自分にだけ開けられる箱を』って頼んで作ったんですよ」
「で、そいつは開けたのか」
「それが使う前に振られてしまったので、箱が宙に浮いた状態に……」
「なんなんだ」
王の言葉はもっともだが、ティナーシャにもよく分からない。当時たまたま、衆人環視の中、当の青年が振られる現場に居合わせてしまって、非常に気まずい思いをしたことは覚えている。
「てっきり廃棄されたかと思ったんですけど、曲がりなりにも魔女の作った箱ですからね。丈夫過ぎて残ってたんでしょうね」
「で、開けられるのか?」
王の言葉に、テーブルの向こうで数人が緊張の顔になる。
服装や立ち位置から言って、当の店の主人と、雇われている三人の魔法士、そして店主の娘だろう。ティナーシャは彼らの強い視線を感じながら口を開いた。
「えー……カサンドラの魔法って構成不可視で解析がすごく大変なんですよね……」
「つまり?」
「半年ほどかかってよければ」
苦い言葉に、オスカーは苦笑する。
「半年って、俺の呪いと同じくらいじゃないか」
「魔女の構成解析はそれくらいかかるって言ったじゃないですか……」
「――陛下の呪い?」
怪訝そうな声はドアンのものだ。その言葉に、王夫妻は顔を見合わせる。
オスカーは、自分の発言を振り返って軽く眉を寄せた。
「……何だ俺の呪いって。知らないぞ、そんなの」
「え、こっちの台詞ですよ。どうして普通に受け答えしちゃったんだろ。こわ……」
まるで自然な会話をしてしまったが、王に難解な呪いなどかかったことはない。にもかかわらず、二人はそれをドアンに指摘されるまで「どこかで覚えがある」ような気がしていたのだ。
忘れてしまった夢のように不可思議な感覚だが、それは今のところただの脱線だ。
ティナーシャが見ると、店主たちは「半年かかる」と聞いて、がっくりと座りこんでいる。娘もまた目に見えて複雑な顔になっていた。
これはいわば「開く」と「開かない」の平行線のようなものだ。王の魔女を以てしても半年かかるとなれば「詐欺」と言われるのも無理もない。
オスカーは、箱を見てじっと考えこんでいる妻を見下ろし、ついで周囲の人間たちを見回した。しゃがみこんでいる店主に言う。
「お前が意図的に詐欺を働いたわけではないが、店に無関係の人間から徴収した金銭は返金をするんだな」
「か、かしこまりました……」
「あとは、娘に店を継がせたいならもう一度ちゃんと話し合え。おかしな条件なしでな」
その言葉に、娘ははっと顔色を変えると深く頭を下げる。そんな娘を店主はばつが悪そうに見やって、自分も深々と頭を下げた。
※
話がついた、と分かっても見物人があまり減らないのは、ティナーシャ見たさだろう。店主たちが恐縮して去っていくと、オスカーは残された箱を手に取った。
「で、どうする? アカーシアで割って確かめるか?」
「うーん、迷いますね……。本人を探しても開け方覚えてないでしょうし、海の底に沈めてもいいんじゃないかな、と」
「そもそも、当の依頼したやつはどうやって開ける予定だったんだ? 魔法士だったんだろ?」
問われてティナーシャは目を瞠る。彼女は記憶を探るように視線をさまよわせた。
「あれ……? 魔法士じゃなかった気が……。じゃあどういう仕組みなんだろ……定義名?」
「決められた単語で開くってやつか? でも二百年も開いてないと」
ということは、開かない箱に対して、おおよそ言わないような単語だということだろうか。
オスカーはくるくると箱を裏返して眺める。ふと前を見ると、魔女が所在なさそうな顔で彼を見上げていた。
この妃は、魔法絡みの案件で自分が解決できない、ということがほぼ皆無だ。にもかかわらずどうにもできなかった今回、少ししょげているようにも見える。結婚した時も「私は貴方の持つ武器の一つだと思ってください。国と自分を優先するように。そのための力に、私はなるんですから」と言いきっていたくらいだ。役立たずの自分に慣れていないのだろう。
――だが、そんなことが理由で彼女を愛したわけではない。
オスカーは右手で、ぽん、と彼女の頭に触れる。
「そのままでいい」
彼女が、あるがままで、自由に、幸せにいられればいい。
それが彼の望んだことだ。
苦しい時には手を取れるように。喜びが限りなく訪れるように。
いつも彼女が笑顔でいられる日々を贈りたいと思ったから、彼女を隣に招いた。
――その時、ふっと彼の左手から箱の感覚が失われる。
「は?」
見ると石の箱は、砂となって崩れ落ちかけていた。
代わりに中からは、純白の花が無数に溢れてくる。
うっすらと白く輝く花弁。小さいものも大きなものも混ざる花は、たちまち石畳に落ち、そこから更に積み重なり広場へ広がっていった。湧き出す泉のごとく花が増えていく神秘的な光景に、その中心にいる王は呆然とする。
不意に鈴の転がるような女の笑い声が聞こえて、オスカーは妻を見た。
「カサンドラらしいです。こんな綺麗な魔法」
「……今のが定義名だったのか」
『そのままでいい』と、相手を肯定する言葉。
一生の愛を誓うと同義のそれが、箱を開く魔法の言葉だ。
増えていく花に、人々は驚き歓声を上げる。子供たちが思い思いに駆け出し花を拾い集め始めた。
舞い上がった花弁が風に乗る中、オスカーは改めて妻に向き合うとその頬に触れる。
「ちょうどいい。俺と結婚してくれないか?」
「してます」
いつものようにティナーシャは嬉しそうに笑うと、「貴方が望むのなら、何度でも」と彼の手を取って囁いた。
※
「ところでさっきの呪いの話、なんだったんだろうな」
「時々あるんですよね、こういう思い出せそうで思い出せないようなの……。子供の貴方と初めて会った時も妙な既視感ありましたし」
「なんだ、お前もだったか」
「必要なら、そのうち思い出せるんじゃないですか?」
他愛ない会話を重ねながら、二人は手を取って城に帰っていく。
まるで幸福な一日。それは無数の無名の記憶の上に築かれた、歴史の話だ。
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