115. そして、創った

 俺はしばらく、誰とも話す気になれなかった。

 周りのみんなは気を遣ってくれて、俺を一人にしてくれた。

 俺は森の中で膝を抱えて座り込み、考え込んだ。


 トリスタの考えによれば、イネルがやったことはこうだ。


 計略を持ちかけられたイネルは勇者としての自分の名前と権力を強制的に使われ、魔王に世界を支配されそうになった。

 どうあがいてもこの世界にいる限り、現状から逃げ出せないと悟ったイネルは、まず最初は、純粋に異世界転生の方法を探っていた。


 まだ具体的な計画など、ない段階だろう。しかし、砂漠の民を当たっても、古文書にもその手段がなく、打つ手がない。

 このままでは魔王にただ、利用されるだけの人生を送ることになる。


 苦悩したイネルはその時、目の前にある古い魔術書に書かれている魔術が使えることに気づいたのだ。

「自らの魂を別人のものに書き換える」。


 代替案としてはかなり厳しいものだ。何しろ、自分を消すことで目的を達成するのだから。

 イネルといえど悩んだ……と思う。だが、他に方法がない。


 魔王討伐へ向かう日は刻々と迫っている。魔王を八百長バトルで退治してしまったら、ますます魔王は自分の元へ近づきやすくなる。

 奴が身近にやってきて、主導権を握られる前になんらかの手立てを打ちたい。


 魔王の計画では、イネルがグラントーマの王の座を継ぐことが必要になっていた。

 魔王戦以前の時点でのグラントーマ王やフィオナ姫との関係から言っても、そうなるのは時間の問題だった。


 そして、王になるためには王位継承の儀で、聖山の精霊にグリンファルとともに認められることが必要となる。

 この儀式が、多くの人々に見守られながら行われるものであることは、少し調べればすぐにわかることだろう。


 ならば、ここで精霊に認められなければいい。

 そうすれば、めでたく「偽物の勇者」になり、その権威を失うことができる。


 もっと他の手段でも勇者の権威を失墜させるだけならできるかもしれないが、しかし「魔王を倒し世界を救った勇者様」を完全に信用できないものにするのは、相当困難なことだろう。

 深刻な犯罪でも犯せば、とも思うが、そんなことをすれば誰かに迷惑をかけてしまう。


 それに……間違っても、自ら死を選ぶのではダメなのだ。

 自分が存在しなければ、自分がいなくなった後の世界で、強大な魔王を倒す人間がいなくなってしまう。


 つまりややこしい話だが、イネルにとっての最適解は、「自分ではない勇者になること」だった。


 イネルという勇者ではない、しかし同じように強く、そして何より、勇者となって魔王と戦うことに向き合える人間。

 さぞ、頭を悩ませたことだろう。


 そして、「俺」を創った。


 父親から聞いた、前の世界の情報。

「転生」「勇者」「魔王」が当然の娯楽として消費されている世界。

「異世界転生して勇者になり魔王を倒す」ということに、さして疑問を抱かない人間。


 すなわち、前後の脈絡なく突然この世界に出現したにもかかわらず、疑問を挟まず「自分は転生したのだ」と理解してくれる人物。


 この状況にはこれ以上なく都合が良い。

 少なくとも、イネルは考えたのだろう。


 だから、おそらくは父親と自分自身をベースに、「俺」という人間の記憶や思考を作り上げたのだ。


 だが、流石にノーヒントでは完全に誘導はできない。

 だから、嘘の手紙をイネルは、俺に向けて残した。


「自分が入れ替わりの異世界転生を手配した。自分はお前がいた世界で今も生きているから、お前もこの世界で生きてくれ。後、少々面倒ごとがこの世界には残されているがよろしく」。

 イネルから俺への手紙には、概ねそう書かれていた。


 イネルの故郷の村にたどり着くまでの時点で、自分は転生者だと思い込んでいた俺は、このプラスアルファの情報で完全に、イネルの望んだ通り、思い描いた通りの異世界転生ストーリーを信じ込んだわけだ。


 のみならず、「自分をこの世界に召喚した『無責任な先代勇者様』は、何かしら面倒な問題を残していったのだ」という筋書きまでも、信じさせられてしまった。


 そうして周到に計画を立てて手紙を生まれ故郷の村に仕込み、魔術の準備も終え、万全の支度を整えたイネルは……満を持して旅に出たのだ。


 表向きには、仲間たちとともに魔王を退治する最後の旅へ。

 実際には、自分自身を消し去る最期の旅へ。

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