113. 答え
俺は一歩ずつ、魔王の方へ向けて歩み出した。
慎重に、視線を外さないよう気を付けながら。
「俺は初めから、自分を転生してきた人間だと迷わず思い込んでいた。そりゃ当然だ。魔王と戦う直前の世界で突然目覚め、前の世界の記憶もあったのだから。
どんな事情かわからずとも、異世界から転生してきたと考えるのが妥当だろう。もともと知っていた転生の知識とも合致したし」
「もともと知っていた……? 前の世界にも転生術があったのか」
魔王が珍しく、訝しげな声を上げる。
「あー、いや、そういう創作作品がものすごくたくさんあっただけだ。気にしなくていい。とにかく……『転生』ってこういうものなんだろうな、と想像していた通りの状況だった。
他人よりも優れた力を持つ勇者として、前に生きていた世界と比較にならないくらい大切に扱われ、尊敬される。
それに、俺自身へはイネルからの手紙もあった。
実物はもう手元にないが、それにはこんな感じのことが書いてあった。『この世界にお前を召喚したのは私だ。とある魔術師の力を借りて行ったのだ。色々と大変な事態になっているが、頑張って欲しい』。
本人がそう書いていたら、普通信用するよな。
でも、おかしなことが山ほどあった。
最初におかしいと思ったのは、ドラゴン退治の時だ。ココの故郷に魔族がドラゴンをけしかけた時、初めて俺は勇者らしく戦うことになった。
絶対うまく行くはずないと思っていたのに……俺は自分でも驚くほど、あっけなく、ドラゴンを退治することに成功した。
前世で経験したこともないし、そもそも不器用なたちで、まともに運動もしていなかったはずなのに。
その次は、この城にあった魔術書だ。
イネルはずっと転生の術を調べていて、この城にあった古い魔術書にたどり着いた。
フィオナ姫によれば、彼はその本を解読することで、転生の術を見つけ出した、と言っていたらしい。
しかし、ココが調べたところ、その本に転生術の記述はなかった」
魔王は、少女の姿でありながら異様なまでの威圧感を放っている。彼女は口を開いた。
「前にも話した通り、異世界転移をするだけでも凄まじい魔力が必要になる。まして転生など容易にできる術ではない。転生術師も今は絶えている。勇者が少々書物に当たった程度で、習得できる術ではない」
「それ以前に……手紙に残っていたというイネルの言葉通りなら、異世界にいた俺と、この世界のイネルの魂だけを入れ替える、という術を行ったことになる。
それはもはや、異世界転移でも転生でもないよな。そしてやっぱり、そんな術は存在しなかったんだよ。
古い魔術書に書かれていたのは、実際は違う術だった」
俺は話しながら、三日前、トリスタがこの推理を語ってくれた時のことを思い出していた。
* *
「あのさ。ちょっと……落ち着いて聞いて欲しい話が、あるんだけどさ」
トリスタは、静かに話を始めた。
「前に、イネル……じゃないや、この勇者様は、自分の身に起きたことについて三つの可能性がある、って言ってたよね。
一つは、イネルの魂がこの世から消えて、空いた肉体に入り込んだ。空き家に引っ越した、みたいな感じ。
二つ目は、実は今もまだ身体の中にイネルの魂が眠ってる、という同居説。
三つ目は、異世界からやってきた新勇者様の魂が、この肉体に入り込むと同時に、イネルの魂がどっかに行った、っていう、同じ日に引っ越した説。あんたは、この説を推してた。
でも、私はもう一個可能性があると思ったんだよね。そもそも、引越しなんて起こっていなかった、っていうこと」
「……え?」
俺は何を言われているのかわからず、トリスタの顔をじっと見つめた。
「だから落ち着いて聞いてって。今さっき、ココが言ってたでしょ。その古い魔術書には転生の術は書かれていなかったけど、『人間の魂を書き換える』術は書かれていた、って。それを聞いて、確信した」
トリスタは、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「つまりイネルは、その術を使って自分自身の魂を書き換えた。そうして自分自身の中身を、自分ではない別の、異世界からやってきた人間に変えたんだ」
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