15. 典型的な田舎出身の成功者
釈然としない気持ちのまま、俺たち勇者パーティは村の宴に参加した。
行われることは城と変わりない。村の広場でキャンプファイア的な炎(かがり火?)を囲んでワイワイガヤガヤと賑やかに、知らない人々に取り囲まれ、彼らが俺についての評判を大いに話し、盛り上がっている。
俺が話せないという事情を知らない人がたまに近づいてくるが、俺が困る前にココやジゼルが説明して追い払ってくれるから、特に苦労はなかった。
二人が表情には出さずに「どちらが勇者の世話を焼くか」という対決をしていることはなんとなく察せられたので、そこだけ若干重かったが。
俺の対面には、ニコニコした「母さん」が座っている。
これから、俺はこの人を母さんと呼ばねばならない。前の世界での実の母さんとは、仕事にかまけすぎてここ何年か帰省できておらず、会えていなかった親不孝者だったけれど。
多分俺の代わりに向こうの世界に行った善良なる勇者様が盛大に親孝行してくれていることだろう。
そう、問題は例の勇者様だ。
部屋に隠されていた羊皮紙のお便りによれば、この俺の転生も勇者様ご自身のお望みによるのだという。そしてその原因は、何か深刻な問題が発生したから、らしい。
わざわざ「人間関係ではない」と強調していたのは……パーティ内恋愛のいざこざから逃げる為ではないよ、と遠回しに伝えたかったのかもしれない。しかし。
多分、それがきっかけだろう。というか、他に考えられない。
なにせ、100%魔王を退治できる状態だったのだ。
言ってみればノーベル賞受賞確定、とか、オリンピック金メダル確定、とか……ちょっと違うかもしれないが、とにかく圧倒的名誉と金銭を得られること間違い無し、人生勝ち組入り決定ということ。
にも関わらず、異世界にまで逃げようというのだから、これはもう、「魔王を倒す」という具体的目標を失った後の崩壊するパーティ内人間関係が恐ろしすぎた、としか思えない。
実際、すでに目の前で始まっている。
ココはさっきから、美味そうな果物をいちいち剥いては、俺の目の前のテーブルにそっと並べているし、ジゼルは自分のために切っているかのような肉の塊を荒っぽく(見せかけながら)俺の皿の上にもせっせと盛り付けている。
その辺トリスタは一人だけ上手なもので、俺の椅子の背もたれにもたれかかり、酔った様子で俺に酒をチビチビ堂々と注いでいる。
何が恐ろしいって俺が呪文の副作用で口を開けず、何も飲み食いできないにも関わらず、全員それをやっている、ということだ。
もちろん、全員そんなことは忘れていない。
つまり、意味がないとわかっていながら関わらずこんなことをしているのは、目の前にいる勇者の母親に、自分の甲斐甲斐しい振る舞いを見せようとしている、ということなのだろう。
まさに戦いである。
後もう少ししたら始まる、「城のお姫様との正妻競争」に打ち勝つためには、こういう細かいところで点を稼いでいかないと、という判断なのだろう。壮絶。
いや、他人事みたいに評価している場合ではないのだが。
「イネル」
唐突に勇者母(まだ臆面なく母さんと呼ぶ気にはなれない)が話しかけてきた。
「前に話していたあれなんだけどねえ、本当にやらせてもらおうかと思って」
俺が当然ながらピンとこない顔をしていると、
「ほら、うちの宿の名前を変えて、『偉大なる勇者イネルの生まれし宿』にするっていうね」
などと言い出して俺は頭がグラグラした。なんだその凄まじいネーミングセンス。
「いや、あんたがこれだけ名をあげたんだから、これはもう商機ってやつだろう? お客も、今までは用事がある人だけだったけど、これからはわざわざうちの宿目当てに来てくれる人も増えると思うんだよねぇ。だったら、きっちり改装して名前も変えて、あんたの子供の頃の似姿絵とか、昔着てた下穿きとかを飾ってやったらどうかと思って」
「おお、そりゃあいい!」
今度はしたたか酔っ払った村長が口を挟んできた。
「村もいっそそうしたらいいよ。『偉大なる勇者イネルの生まれし村』に変えてやろう! イネルもこれから忙しいだろうと思うが、暇を見て戻ってきたら客に握手してやったり記念品渡したりしてやってくれないかね。あとなんだ、魔王退治の顛末を話してやったりだとか」
もう最悪だ。
典型的な田舎出身の成功者だ。地元から面倒ごとが押し寄せてくるやつだ。
母親も、あと継がなくていいとか言いながらきっちりビジネス活用を考えているあたり、存外したたかなタイプかもしれない。
ああ、本物の勇者様よ。
今頃向こうの世界でトラックに轢かれた後の面倒くささでてんやわんやかもしれないが、しかしこの勇者フィーバーの面倒くささと比べれば屁でもないだろう。
「人間関係が問題ではない」だと? これ以上に面倒な問題なんて、これから先のこの世界に存在するのか?
沈黙魔法が解け、逃げ場がなくなった後のことを考えると、すでに頭が痛かった。
* *
とまあ、この時点までの俺はこの程度の認識だった。
ほんの数時間後、俺は勇者が言い残していた言葉の本当の意味を知る。
面倒なんて言葉では片付けられない、最悪の事態がそこにあった。
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