14. 先代勇者の手紙
謎めいた箱は呆気なく開いた。
俺が手に持っただけで。
俺は盾の後ろから恐る恐る出てくる。
他の人にはとても見せられないへっぴり腰になっているはずだ。一方の箱は、もう役目を果たしたとでも言わんばかりの様子でベッド上に中身をさらけ出していた。
中に入っているのは、巻物状に丸められた羊皮紙だった。
羊皮紙、というやつを初めて見たが、やはり動物の皮を使っているのだとよくわかる、ツルツルとした質感だった。
そこには、こんな文面が書き留めてあった。
「私の跡を継いだ勇者へ」
俺は慌ててそれを手にとって間近で凝視した。間違いない。
これは先代勇者が、俺に向けて書き残した文書だ。
おそらくだが、「自分自身」が箱を手にとった時のみ、箱のロックが解除されるような魔法をかけておいたのだろう。
俺はベッドに腰掛け、ゆっくりとその文書を読み始めた。
書かれているのはもちろん俺が見たことのない文字だったが、この身体のおかげかなんの苦もなく読み解くことができる。
先代の勇者は、あれだけパーティ内で奔放なラブを繰り広げていたにも関わらず、筆跡は意外なほど几帳面でかっちりしたものだった。
いや、この辺も含めて装いやごまかしが上手かったのかもしれないが。
「私の跡を継いだ勇者へ
初めまして。突然のことで、何が起きたかわからず困惑していることだろう。
いや、この家にすでにたどり着いているということは、魔王を倒した後ということ。ある程度は事態を把握しているかもしれない。
君は、異世界からこの世界へと召喚され、やってきたのだ。
召喚したのはこの私だ」
お前自身かよ! 何してくれてんだよ!
もしかしたら「他の誰かに変な精神交換魔術みたいなやつをかけられたとかかも」って好意的に解釈していた俺がバカみたいだろ!
「勝手なことをして申し訳ないと思っている。しかし何しろ、緊急事態だったのだ。
具体的に何があって、こんなことをしなければならなかったのか。
これは悪いが、この文書で教えることができない。念の為だが、それは些細な人間関係などではない、非常に重大な問題だ。
そう遠くないうち、君自身も理解することだろう。
端的に言えば、私自身にはもはやどうすることもできなかった。
だから、跡を引き継いでくれる有能な誰かに全てを託そう、と決心する以外に手段がなかったのだ」
なんか立派そうな言い回しで書いているが、要するに手に負えない事態が発生したから諦めて逃げまーす、後の人ヨロ、ってだけの話じゃねえか。
最後まで諦めないのが勇者じゃなかったのかよ!
「そこで、ある魔術師の力を借り、転生術を使って私の精神と、異世界の人物の精神を入れ替えることにしたのだ」
!?
入れ替えた!? マジで!?
つまり、今頃向こうの世界の元・俺の肉体にはこのイネル君がログインしてるってことか!?
うわー……。
なんか……大変そうだな。
「果たしてどんな世界の人物と入れ替わることになるか、それは選ぶことができないと魔術師は言った。
しかしそれは致し方あるまい。私自身の愚かしさにその責があるのだ。
選べるのは、『異世界で大変な労苦と立ち向かっている者』という条件だけだという。
ならば、きっとこちらの世界の非常事態にも、勇猛に立ち向かってくれることだろう」
募集条件ゆるすぎないか。
確かにブラック企業という労苦と非モテという絶望には曲がりなりにも立ち向かっていたが、一切勝てる気配はなかったし、そんな人材呼んできたところでこの世界における大問題に立ち向かえるわけないぞ。
そして、ということは今頃、向こうの世界でトラックにひかれた俺の中には、このイケメン勇者殿が入っているということだ。
異世界転生していきなりの全身打撲および骨折、襲いかかる入院費用の負担、誰も見舞いに来てくれない悲しみ。さらに、おそらくろくに治ってもいない段階で会社からかかってくる出社の要望電話、悪魔のような上司。
なんだかそれはそれで俺と同様のハードモードのような気がするし、事態が全くわからないながらもそんな社会悪に立ち向かう異世界の勇者様、というのはそれはそれで面白そうな気もするが。
でも気の毒すぎて見ていられない気もする。
もしかしたら、それと比べれば俺の方が立場はましなのでは。
「申し訳ないのだが、おそらくは、前の世界とは比較にならないほどの困難が、これから君を待ち構えている。悩むことも苦労することも、無数にあることだろう。
それをそのまま受け渡さなければならないこと、心から詫びる。
だが、この困難は君にしか、解決することはできないのだ。
最後まで、決して、諦めるな。
勇者イネル」
終わった……。
気づけば、俺の手から羊皮紙は床に落ちていた。
視界の隅で、羊皮紙に書かれていた文字が煙とともに消え失せているのが見えた。
どうやら読了後に消滅する魔法がかけられていたらしい。いや、そんなことはどうでもいい。
なんの参考にもならねぇ……。
衝撃の内容の無さだった。
とにかくはっきりしたのは、「やっぱり先代勇者はクソ野郎」ということだけだった。
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