13. 初めての実家と「俺」の謎
妹だといって紹介された娘は、たいそう美しい顔立ちをしていた。まあ兄である俺が美形なのだから(まだ自分の顔という意識が持てないから謙遜もゼロ)、妹が美貌でも全く不自然ではないのだが、この村の中では俺たち兄妹が群を抜いて整った相貌である。
何といって話しかけたらいいのかわからず、俺はしばらく黙りこくっていたが、よく考えるとそもそも話しかけることはできないのだから、別段慌てる必要はなかった。
「さあさあ、何を黙りこくって兄妹で見つめあってるのかね。まずは家に帰って、ゆっくりして。それから夜になったらお祝いだよ!」
村長だという老婆が嬉しそうに言うと、妹はくるりと背を向け、どこかに走り去ってしまった。
俺は手を伸ばそうとしたが、周囲の村人の「そうだそうだ」というモブ感丸出しのセリフに飲まれ、追いかけることはできなかった。
俺はドアを閉めた。ここは、「俺の実家」の「俺の部屋」だ。初めて入るが。
部屋は、この世界にしてはずいぶん綺麗に片付き整っていた。というか、子供が一人部屋を持っている時点でおそらく普通ではないだろう。
俺の実家は村で唯一の宿屋で、しかも街道沿いということもあってそれなりに栄えて、使用人を何人も使っているような規模だった。
父親はすでに他界しているようだったが、母親が経営者として立派に切り盛りしている。
本当だったら俺……というか、先代勇者・イネルが跡を継ぐべきなのだろう。
しかし、今や母親はそんなことは微塵も考えていないらしかった。
「一応言っとくけどね、この宿の将来なんか、あんたは考えなくていいんだからね。私が死んでも、ジョゼフに跡を継いでもらうつもりだから。あんたはあんたのやるべきことをなさい」
俺が広々とした宿の中をぼんやり眺めていると、母親は優しく笑いながら言ってくれた。
俺は、自分の部屋のベッドへ横になる。うっかり勇者の剣を外し忘れて、思い切り腰を打って叫びそうになった。いそいそと外しながら、部屋を見渡す。
本が並び、手彫りの木像が(いや、こんな世界だから手彫りに決まっているのだが)机の上にいくつか置いてある。「俺」の趣味だったのかもしれない。
そしてそれくらいで、他にはこれといって目立つ特徴は見当たらなかった。
昨夜も結局ろくすっぽ落ち着いて考え事ができなかったので、転生してきて本当に初めて、今自分が置かれている事態について思考を巡らすことができる。
最も気になっているのは、この「勇者様」がどこへ行ってしまったか、だ。
どこへ、というのはもちろん、中身、すなわち精神の方である。
俺が今このパツキンイケメンの肉体に宿っているように、俺が入り込む前には確かに、この「イネル」の魂……と呼ぶのかなんなのか知らないが、とにかく心がこの肉体に宿っていた。
それは、今日この村を回っていろんな人と話してみて、改めてよくわかった。
彼が五歳の頃、村を襲ってきた小さな魔物をたった一人で退治したこと。
八歳の頃、その時はまだ生きていた父親に連れられて諸国漫遊の旅に出かけ、一年を経て強くなって帰ってきたこと。
十二歳の時、その賢さと勇敢さから近隣の子供のない騎士から養子の話が舞い込んだこと。
まあまあご立派なことで。
女性陣に対するクソ野郎っぷりを見る限り、俺はそんな振る舞いも全部芝居だろうと踏んでいるがそれはともかく。
その立派な「精神」の方は、今はいずこへ、という問題がある。
どんな事情でこんな状況が発生したのかすら、今のところ手がかり一つない。
ラストダンジョンのラスボスの扉直前で、俺は「イネル」になっていた。
前世でよく見かけた異世界転生ものでは、だいたいが自分自身としてそのまんま転生するか、もしくは新規の身体を与えられていた。
転生したら知らん人に成り代わってました、というのはちょっと類例を思い出せない。
この数時間で、口がきけないために暇を持て余して一人で考えた可能性としては、以下の三つがある。
・消滅説……先代の精神がなんらかの事情でこの世から消え去ったがために、空いたボディへ俺が入り込んだ。
・玉突き事故説……俺イン、と同時に先代アウト、という形で、身体からはじき出されて先代の魂はどっかに行った。
・二心同体説……実は今もまだ、この身体の中に先代イネルの魂は眠っている!
この辺が仮説として考えられるラインだろうか。最初は単純に消滅説だけを考えていた。
何かの呪いか、いや、もしかしたら自分自身で魂を消去し、その代わりとして俺を召喚した、という可能性だ。
だが。もしかしたら玉突き事故説のように、どっかに今行ってるだけでまだ復旧の可能性は残されているのかもしれない。
戻ってこられたら戻ってこられたで、今度は俺の精神の居場所がなくなるから困るのだが。
そして最も突拍子もない仮説として、二心同体説。
なんかそういう巨大ヒーローとか漫画があった気がする。でも絶対ありえないとは言い切れないだろう。
だが、いずれにせよ今のところ確かめようがないのだ。
最後の説の場合はそのうちそっちの魂が目を覚ましてくれたらわかるが、もし眠りっぱなしだとしたら仮説は三つとも同じ、検証不能でしかない。
確かめようがないということは、考えるだけ無駄ということだ。
虚しくなった俺は、ベッドから起き上がって部屋の中をうろうろする。何か、先代が残した足跡があってくれれば助かるのだが。
あいにく世界が世界だけに紙が貴重なようで、子供時代の黒歴史ノートとかは一切見当たらない。残念。
ふと見ると、机の上に小さな箱が置いてあった。
先ほどの木像と同じく粗末な手作りの細工で、木を組み合わせただけの直方体、サランラップの箱のようなそっけない仕上がりだ。
確か、箱根の土産物屋にこんな感じの細工物を売っていた覚えがある。
だが、手にとって裏返してみても、どこにも蓋が見当たらない。開け方がまるでわからない。
振ってみると、中には何かが入っている気配がある。
俺は首をかしげながらしばらくいじり回してみたが、この手の知恵の輪的パズルは全く得意ではない。
どれだけ考えても解ける気がしなかった。
と、気づけば次第に、その箱は熱を持ち始めていた。
「!?」
俺はビビってそれをベッドの上に放り出す。
なんで木組み細工が熱を発するのか。もしや今度こそ、悪者が勇者に仕掛けた罠ではないのか。
勇者不在のうちにこの部屋に忍び込んで、爆発物を仕掛けたのかもしれない。
宿屋なんて誰が出入るするかわかったものではないから、簡単にできるだろう。
俺が急いで、装備品の盾の背後に身を縮めて隠れると。
箱はかすかに光を放ち、あっけなく開いた。
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